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シーラッハ作品画像

フェルディナント・フォン・シーラッハを語りたい

シーシーラッハー、シーラッハー!

みなさん、「シーラッハ」してますか?

フェルディナント・フォン・シーラッハ

1964年ドイツ、ミュンヘン生まれ。ナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハの孫。1994年からベルリンで刑事事件弁護士として活躍する。デビュー作である『犯罪』が本国でクライスト賞、日本で2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位を受賞した。2010年に『罪悪』を、2011年に初長篇となる『コリーニ事件』、2013年に長篇第二作『禁忌』を刊行。

そう、「フェルディナント・フォン・シーラッハ」とは、日本で2011年に作品が発表され翌年の本屋大賞をキッカケに大注目されたドイツの小説家です。

私がシーラッハし始めたのは今年2021年。

10年ほど遅れてのマイブーム到来なんてよくある話しでしょうし、おそらく当時はまた別の何かに夢中でした。たぶん。

世間の喧騒をよそに身勝手なタイミングで火が付き吐き散らしたくなる現象に名前はあるのでしょうか。

というわけで、シーラッハして間もない私ではありますが、まだシーラッハできていない方に向け「フェルディナント・フォン・シーラッハ」という作家、そして彼の作品の魅力について僭越ながら語らせていただこうというのが本記事の主旨となります。

まだ4作品しか読了していないのですが、中毒性の高い劇薬「フェルディナント・フォン・シーラッハ」の魅力を誰かに伝えないと爆発してしまいそうなのです。

ミステリ好きの方はもちろん、海外作品は得意ではない方でも楽しめると思います。

それではしばしお付き合いくださいませ。

これまでに読んだシーラッハ作品

最初に『禁忌』という作品を読んだのですが、この作品はシーラッハ作品の第5作目にあたります。

読後、「一作目から順番に読みたかった」と心から思いました。

普段はそれほど著者を軸に読書する方では無いのですが、読んでいる途中で「久々に著者に惚れるパターンや!これは!」と気づいたわけです。

できることならリアルタイムで1作目から楽しんでみたい人生だったけど10年遅かった。

気を取り直し、デビュー作『犯罪』、二作目『罪悪』、と続いて第三作目の『コリーニ事件』へとたどり着きました。

ちなみに『コリーニ事件』が日本で出版されたのは2013年です。ようやく私は2013年、令和はまだ遠い。

まずはシーラッハ作品通じて感じた特徴、続いて私が読み終えた4作品について発表された順にネタバレがないように作品紹介をしてみたいと思います。

シーラッハ作品の特徴

著者は現役の刑事弁護士です。弁護士は弁護士でも「刑事弁護士」というのがポイントです。

『禁忌』はまた違った特徴が出てきますが、刑事弁護士の視点からストーリーが語られる特徴があり、初期三作品は特にそうです。

刑事弁護士が主軸となると、おのずと描写される場面は事件現場、面会室、法廷が主となります。狭い世界ですね。

そして彼の文体に大きな特徴があります。

デビュー作では顕著ですが「これは裁判所発行の裁判記録かな?」てな具合です。

つまり無駄な描写や形容詞や修飾語などはございあせん。

硬く、冷たく、淡々と。事実の列挙!列挙!です。

こうなると、物語の事件そのものが読ませるものじゃないとキッツいですね。読めたもんじゃない。

お察しのとおり、事件それ自体で挑む「ミステリ界の超ストロングスタイル」こそがフェルディナント・フォン・シーラッハの大きな特徴だと言いたいワケなのです。

うっすいストーリーを分厚い情景描写と胸焼けする心理描写で「お前はファミチキか!」いうぐらいに旨味油でパンパンに膨らましたような小説とはワケが違う。

黒いショートタイツとリングシューズに象徴されるような、超骨太でごっつい事件それ自体で真っ向勝負ですよ。痺れるじゃあないですか。

少し熱くなり過ぎました。

正確に言うと、作品ごとに描写の幅や物語性は増していくのです。

しかしながら、作品のコアは「事件そのもの」。

そしてそれら事件を可能な限り主観を排し読者に提示しているところに大きなポイントがあります。

言っときますがフィクション作品です。もしかしたら酷似した事件を著者が弁護士として経験しているかもしれませんが、あくまでフィクション上の事件です。

そんでフィクションとは言え、「なぜシーラッハはこのような事件を世の中に提示したのか」、これを考えるわけであります。

シーラッハが叩きつけてくる事件つーのが、何といいますかぁー、ムズイんですよぉぉぉぉ。

なにがムズイんかと言うと、水戸黄門や昔のヒーローもんのように白黒ハッキリできねーんすよ。これが。

第一作目と二作目は短編なので、初期三作で20以上の事件をぶん投げてくるわけですよ、シーラッハ。

そして、その事件一つ一つにこっちは悶絶します。

悶絶ポイントは、「罪とは?」そしてそれを裁く「法とは?」です。

なんのこっちゃ。

お気楽ワイドショーで「アー、残酷ダー」「アー、イカンイカン、重罪で決まりダァー」なんていうお気楽おとぎ話の世界とは一線を画した、生々しく、そしてグロテスクな「罪」との邂逅を余儀なくされるんす。

そんなもんをザクザク突き付けてくるからたまったもんじゃ―ないよこっちは!

またしても熱くなり過ぎました。

果たしてシーラッハ読むの楽しいのかどうか謎の紹介になっている気がするけど大丈夫かしら。

熱量濁音一本勝負で伝えようとするのは良くないとは分かってるんですが、スキルがないのでもーしわけない。

説明不足で言葉足らずで申し訳ない限りではありますが、シーラッハの特徴が1ミリでも伝われば幸いです。

大いなる不安を胸に、これまで読んできた作品をネタバレせずに紹介してみたいと思います。

シーラッハ作品の紹介

これを書いている時点(2021年9月7日)で出版されているシーラッハ作品は下記のとおりです。

  • 犯罪      初版:2011年6月15日
  • 罪悪      初版:2012年2月20日
  • コリーニ事件  初版:2013年4月15日
  • 禁忌      初版:2015年1月9日
  • カールの降誕祭 初版:2015年11月13日
  • テロ      初版:2016年7月15日
  • 刑罰      初版:2019年6月14日

そして、今回ご紹介するのは『犯罪』『罪悪』『コリーニ事件』『禁忌』の4作になります。

日本での出版順は『禁忌』が4作目ですが、ドイツでは『カールの降誕祭』が4作目で『禁忌』が5作目となります。

また、この他にも翻訳されていない作品があることが著者のHPで確認できます。
Ferdinand von Schirach ホームページ Books 一覧

読みたい作品がまだまだあることは嬉しい限りです。

それでは上述した4作品をご紹介してみたいと思います。

犯罪

本作品は2009年にシーラッハのデビュー作として出版された11編からなる短編集です。

まず目次を引用します。

  • フェーナー氏 7
  • タナタ氏の茶碗 23
  • チェロ 47
  • ハリネズミ 65
  • 幸運 81
  • サマータイム 95
  • 正当防衛 129
  • 緑 149
  • 棘 171
  • 愛情 187
  • エチオピアの男 197

――本書より引用

タイトルの横にある数字はページ番号です。

お気づきかと思いますが、各話のページ数は10~20ページほど。

「スッカスカじゃないか疑惑」が沸き起こりそうですが、大丈夫です。身はギッシリ詰まっております。

この少ないページ数、冒頭で暑苦しく述べましたが事件そのもので読者を楽しませるのだという話し、察していただけたのではないでしょうか。

簡潔極まりない文章でつづられた、短編集で、しかもまだ国内では無名だった作家の作品が日本でも幅広く読まれたというのは驚きです。

ただ海外作品で短編モノというのも案外良いのかもしれないと思う点として、「登場人物が少ない」というのはあるかもしれません。

海外作品と言えばカタカナの名前がたくさん登場し挫折、なんてパターンもありますからその点もまた海外作品初めての方でも取っつきやすいと思います。

内容ですが、淡々と興味深い事件を列挙してくる感じ、テレビ番組「すべらない話」のミステリ版みたいなものでしょうか。

お笑いのように整ったオチこそ無いですが、短時間で濃いエッセンスの話しを次々めくっていく行為は非常に中毒性が高いかもしれません。

ネタバレ無しというのは難しいっすが、個々の話しには触れないよう、うまいこと外堀を埋めてく感じでいきたいと思います。

まず本作の扉には、

私たちが物語ることのできる現実は、現実そのものではない。
ヴェルナー・K・ハイゼンベルク
――本書より引用

と、ドイツの理論物理学者「ヴェルナー・カール・ハイゼンベルク」の言葉が引用されています。

同様の意味合いのセリフが『禁忌』にも登場するのですが、この物語られる現実と現実そのものは違うよ、という思想?概念?は、作品を読み進めるにつれてジワジワ効いてきます。

私なりの解釈ですが、「物語る行為」には語り部の主観が入り込む可能性もありますし、多面的であるはずの物事を「語った」時点で「他の面」はそこから抜け落ちてしまう。

すなわち「物語られた現実は、現実そのものとは異なる」ということではないでしょうか。

本作は「ある弁護士」の視点で語られる作品です。

非常に中立的な立ち位置から11篇を物語っていると感じます。

普通であれば、中立的な言葉で語られた話しを自分なりに解釈し、自分なりの真実を脳内に描こうと考えます。

しかし、扉の言葉が一面に転ぼうとするその思考に待ったをかけてきます。

そこで初めて、なんとなく目にとめただけのはずの言葉の深みにハマりこんでいることに気づくのです。

また本作品は、

Ceci n'est pas une pomme. これはリンゴではない
――本書より引用

というフランス語の一文で結ばれています。

この作品と、次の『罪悪』は対になっていると言われております。

『罪悪』の文庫版に、杉江松恋氏の解説が巻末にあり、そこでこのリンゴの話しが書かれています。

是非、二作とも読んでから杉江氏の解説で、私と同様にヘンな声を上げて驚いてほしいと思います。

罪悪

この作品も『犯罪』と同様に短編集となりますが、15編とボリュームは増します。

『犯罪』では、随分とこちらを翻弄してくれる言葉を扉に引用していました。

『罪悪』の扉にはこちらの一文が引用されております。

物事をあるがままに
――アリストテレス
――本書より引用

「さっきと真逆ちゃうか!?」

音に出して言いましたよ、私は。関西人でもないのに。

さっきは語られた現実を否定するようなこと言うて、こんどは「あるがままに」って。いったいどういうことでしょうか。

デビュー作の『犯罪』とこの『罪悪』は丁度「対」と言いますか、「合わせ鏡のような構成」になっているようです。

『犯罪』と『罪悪』はちょうど合わせ鏡のような構成になっています。『犯罪』はまだシーラッハ・ワールドの半身でしかありません。

余談ですが、上記引用はシーラッハ作品の日本語訳を手がけておらます「酒寄進一」氏の記事です。

酒寄進一 さかより・しんいち
1958年生まれ。ドイツ文学翻訳家。上智大学、ケルン大学、ミュンスター大学に学び、新潟大学講師を経て和光大学教授。主な訳書にイーザウ「ネシャン・サーガ」シリーズ、コルドン『ベルリン 1919』『ベルリン 1933』『ベルリン 1945』、ブレヒト『三文オペラ』、キアンプール『この世の涯てまで、よろしく』、フォン・シーラッハ『犯罪』『罪悪』、ノイハウス『深い疵』『白雪姫には死んでもらう』、クッチャー『濡れた魚』『死者の声なき声』『ゴールドスティン』他。
――『禁忌』より引用

シーラッハのみならずドイツのミステリ作品を幅広く語っていて面白いのでリンクを貼っておきます。

翻訳ミステリー大賞シンジケート 検索結果:酒寄進一

話しを戻します。

本作も『犯罪』同様に淡々とした切り口で15の物語が綴られていますが、連作ではないですが一冊の作品となるような仕掛けが施してあります。

そして、それがまた素晴らしい。

「驚きと感動」という言葉は中身は三流なのにあまりに金つぎ込んだ三流映画のコピーで使われるようなものですが、マジで驚くし、その驚きに感動させられてしまいました。

内容が透けてしまいそうなので目次の引用は止めておきます。

先ほどの「合わせ鏡」に関連する私なりの解釈したことを少々。

二作品のタイトルの原題は『VERBRECHEN』(犯罪)と『SCHULD』(罪悪)です。

Google先生やその他の翻訳サイトで見る限り概ね同じ意味のようです。

「犯罪」という言葉は「行為」に着目し、対して「罪悪」は犯罪行為における「罪」とされるモノを指している、と思うのです。

『犯罪』のキャッチフレーズ覚えていますでしょうか。

物語られる現実は現実そのものちゃうねん、でしたね。

行為を語るには多面的な側面があります。加害者と被害者。加害者の動機に至るまでのプロセスなどなど切り取る部分や立場によって真実は幾種にもわたります。

一方「罪悪」は、ちょっと goo さんに聞いてみましょう。

ざい‐あく【罪悪】 の解説
道徳や宗教の教えに背くこと。つみ。とが。「罪悪を犯す」

つまりは「刑法」や「教え」を生み出すバックボーンとなる我々の内にある概念でしょうか。

この『罪悪』では「罪」そのものを突きつけられ、『犯罪』にはあった行為をどう見るかといった余地は一切なく、受け入れるか拒絶するかの二択を迫られるかのように感じます。

扉の「物事をあるがままに」は、抗いようのない15編の顛末を暗示していた言葉なのかと思っています。

正直もう少し思索を深めたいところではありますが、残りの作品を読み進めながらたどり着くことができたら追記したいと思います。

内容にはなるべく触れないようにとは思うのですが、次に行く前に、本作でどうしても引用し、紹介したい箇所があります。

本作6編目「間男」という作品の法廷の場面で、ドイツ刑法の理念に触れるくだりがあり、これが胸を打つのです。

少々長いのですが以下引用します。

ドイツ刑法は、百三十年の歴史を持つ賢明な法律だ。物事は犯人の思惑通りにはいかない場合が多い。犯人がリボルバーに弾をこめたとする。弾は五発。女を狙い、発砲する。犯人には殺人の意志があった。だが四発をはずし、そのうちの一発が女の腕をかする。犯人は女の前に立ち、リボルバーのグリップで女の腹を殴り、撃鉄を起こす。そのとき女の腕を伝い落ちる血が目に入り、女が怯えていることに気づく。犯人がそこでもう一度思い直したとしよう。粗悪な法律ならば、殺人未遂で男は有罪になり、賢明な法律ならば、女が救われたことが評価される。ドイツの刑法に従えば、犯人は殺人未遂に関して無罪の言い渡しを受ける。殺傷行為を中断し、被害者を死に至らしめなければ、傷害事件で裁かれはしても、殺人未遂にはあたらないからだ。どちらに転ぶかは犯人次第となる。すんでのところで気が変わり、被害者を生かしたなら、ドイツ刑法はその犯人に好意を示す。法学教授はこれを”黄金の架け橋”と呼ぶ。私はこの表現が好きではない。ひとりの人間の心に去来するものは、そんな言葉では言い表せないほど複雑だ。黄金の架け橋は中国の庭園にあるほうがお似合いだ。しかしドイツ刑法の理念は正しい。
――本書「間男」より引用

シチュエーションはクソ男が女性を追い詰める胸くそな状況ではありますが、罪とは何か、何を罪とするかを端的に示していると共に、「間男」の物語の話しの流れから強く印象に残ったのです。

この内容は次のコリーニ事件を読んでいる間もずっと頭の中にありました。

コリーニ事件

デビューから短編が2作続き、本作は打って変わって長編作品となります。

語彙力を99%失った状態でこの作品を一言で言い表したいと思います。

最高です!!!!!

エクスクラメーションマークの数で伝わりましたでしょうか。

法廷ミステリとしては王道と言いますか、新米弁護士が登場した時点で「なるほど、逆転裁判ですね」と思うわけです。

そうです。緊迫した法廷劇がメーンの作品となります。

あまり裁判モノやミステリなどを読まない方でも、ある程度展開は予想できるストーリーだと思うのですが、この作品のコアたる事件がとんでもなかった。

蓋を開けるパンドラの箱のサイズと中身が、えー、もうねー、やばいっすよ。とんでもないもん仕込んでますよ、シーラッハは。

私は言いませんよ。ネタバレしないと誓っていますから。

ぜひ読んでほしいです。

紙と文字にブン殴られますから。(×1)

著者のルーツにも関連する作品と言える側面もあります。

私は著者の詳しいプロフィールを本作の後に知ったのですが、よくもまあ向き合い挑んだものだよと更にカマされました。(×2)

そして最後にその後日談というかリアル後日談があってですね、これにもう私は完全にノックアウトされました。(×3)

以下のリンク先の記事のほか、Wikipediaにも本作の影響について掲載されています。

『コリーニ事件』を読んでからぜひぜひ読んでみてほしいのです。

「コリーニ事件」が突いたドイツ司法の問題点 | 映画・音楽 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

1960年代末、ドイツの連邦議会は議論もなく満場一致である法律を採択した。だが一見、無害そうに見えたその法案には実は「致命的な一文」が差し込まれていた。そんな戦後ドイツの不都合な真実ともいうべき法律の

blog card

カッコ書きで何回ドツき回されたか記しましたが、「3倍おいしい」ということが分かっていただけたかと思います。

言い忘れましたが本作の扉の引用はこちらです。

われわれは
自分にふさわしい生き方をするように
できているのだ。
アーネスト・ヘミングウェイ
――本書より引用

急にエモエモ作品に作風が変わったわけじゃありませんが、魂を揺さぶられる名作です。

読んだ直後で書きたいことお伝えしたいことがたくさんあるのですが、それはまた別の記事にしたいと思います。

本作に関連することとして最後に。

読書メーター」に『犯罪』の感想を書いたところ、『コリーニ事件』は映画化されているとのコメントをいただき、読後に早速観ました。

長編とはいえ非常にスッキリと構成された物語なので、原作との多少の改変はあるものの、とても見やすく、そして見ごたえのある作品でした。

映画は去年公開だったのですよね。できれば映画館で観たかった。

Netflixなどの無料視聴が見当たらなかったのでAmazonのレンタルで観ました。

原作を楽しめたらぜひ映画も一見の価値ありです。

禁忌

冒頭でも書きましたが、この作品が私のシーラッハデビューです。

何をキッカケに知り積読したかはまったく覚えていない。ひどいもんです。

前の3作同様にまずは扉の引用をご紹介します。

緑と赤と青の光が同等にまざりあうとき、それは白に見える。
ヘルムホルツの色彩論
――本書より引用

光の三原色のことですね。

この引用に象徴されるように、本作は「緑」「赤」「青」「白」の名を冠した4編による長編作品となります。

そして内容はというと、大変面食らうワケですよ。

  • ひとつはここまでしつこく繰り返してきた簡潔なその文体です。
  • ひとつは作品の構成。
  • そしてもうひとつは物語そのものです。

シーラッハ文体の特徴はもう気が済むほど書かせていただいたのでさすがに省略いたします。

作品構成ですが、各編それぞれにおいて主要人物・視点が変わります。

  • 「緑」は「ゼバスティアン・フォン・エッシュブルク」という言ってみればこの作品の主人公の青年の物語。
  • 「赤」は「モニカ・ランダウ」という検察官。
  • 「青」は「コンラート・ビーグラー」という刑事弁護士。
  • 「白」は終章として短く結ばれる。

そして最も面食らう物語の内容です。

全体の骨格からすれば法廷劇がハイライトとなるスタンダードな法廷ミステリと言えようもんですが、そうは言い切れない不可思議さが際立ちます。

その要素はいくつかあります。

  • ひとつは、主人公「ゼバスティアン・フォン・エッシュブルク」という人物。
  • ひとつは作品における事件。
  • ひとつはカヴァー写真について。

冒頭の「緑」で主人公の描写、性格、行動にいろいろと面食らうと思います。

また、ミステリだよね?事件を解決する話ですよね?あれ?という具合に、作品上の事件に翻弄されることでしょう。

カヴァー写真については、巻末の訳者あとがきで解説を読むことができます。

余談ですが、本作にはいくつか実在する芸術作品が登場します。

  • 風が落とせし光 詩集 (架空の作品?)
  • 海辺の僧侶 カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(海辺の修道士という同名画家作品あり→MUSEY
  • カルロス四世の家族 ゴヤ (たぶんこれ→Artpedia
  • ヴィーナスの誕生 ボッティチェリ (これですね→MUSEY

芸術に疎いのでそれら作品を検索し眺めながら読み進めることでより楽しむことができたりしました。

一風変わった点は多々あるものの書籍の隅々まで謎と驚きに満ちた素晴らしい一冊だと思います。

往生際が悪く申し訳ないのですが、一か所だけ、冒頭で少し触れた一文を最後に引用させていただきます。

法とモラルがちがうように、真実と現実も別物だ
――本書153ページより引用

この視点は、各作品の根底にあると感じると共に、ふとした時に思い返されます。

終わりに

長々くどくどとフェルディナント・フォン・シーラッハについて語ってまいりましたが、どこかの誰かに届きましたでしょうか。

そもそもここまで読みつく稀有な方は果たしているのだろうか。

たいへん不安ではありますが、非常に魅力あふれる作品をいくつも世に出している素晴らしい作家だと強く思っています。

ひとりでも多くの方がシーラッハ作品に触れ、素敵な読書体験を送られることを心から願ってやみません。

最後までお読みいただきありがとうございます。

長文・駄文、しつれいしました。

ドイツの人気ミステリ作家「フェルディナント・フォン・シーラッハ」のススメ

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我らが少女Aカバー
Photo by:

高村作品への愛

みなさん、一番好きな日本の作家さんは誰ですか?

はい、「高村薫」ですね。

高村作品の感想を書くたびに自分語りをするのですが、今回もまた懲りずに書く。

なぜなら高村作品は私が初めて自覚的に読んだ小説であり、その後の青春時代、社会人になってからも読み続けてきたので思い入れが半端ないのですね。

各作品ごとに、その時々の思い出が詰まっていたりするのですよ。

20代までは、新作が出ると万全のコンディションを休みの前日に向けて整え、一晩かけて一気に没入読破し、休日は真っ白な抜け殻になるスタイルで高村作品を満喫していた。

しかし30代以降は休み明けに著しい影響をおよぼすようになったので、さすがに少しずつ読むスタイルに断腸の思いで移行した。

高村作品の魅力その1

高村作品の特徴はいろいろあるけれど、まずは入念の調査、取材、にもとづくリアリティ溢れる描写力ですかね。

デビュー作品「黄金を抱いて翔べ」で既に発揮されていた緻密な描写は作品を追うごとに凄味を増していきます。本作なんかホントすごいっすよ。

ただ知った事実を詰め込まれているのとは違う。著者の独特な観察眼、それを吸収する感性、アウトプットする筆力それぞれが常人のそれではない。ゆえに迫力ある描写を生むのでしょう。

高村作品の魅力その2

いわゆるキャラデザも素晴らしい。

直木賞を受賞した『マークスの山』で登場した「合田雄一郎」はその最たる存在。

彼は今回の『われらが少女A』も含め数多くの作品に登場する著者の分身のようなキャラクターで、おそらく高村ファンはみんな大好き「合田雄一郎」でしょう。

現実の時間とともに年齢を重ねてきた合田が惑いながら生きる姿に多くの読者は魅了されてきたのではないでしょうか。

また合田とゆかりのある人物たちもみな魅力に溢れている。

なんつーか、みな愛おしいのですよ。

多分、どんな相手であっても一面的に見てしまうと、ただ好きか嫌いかに収斂されてしまう。

しかし高村氏はこの複雑で矛盾をはらんだ人間なるものをとらえる基本的な視点がそもそもすごいのだと思う。

だから、どの人物にもどこかしらに読み手である自分自身を見つけ、共感してしまうのかもしれません。

高村作品の魅力その3

そして何といっても濃厚で重厚な長編作品ではなかろうか。

いくつも作品を書かれる作家とは違い、高村氏は時代時代に「イカつい長編を叩きつけてくる」イメージがあります。

一作一作のパンチ力が「ズシンッ!」と重たい。もう内臓がグッシャグシャになるレベルで来ます。

読書人口の減少が叫ばれるが、高村氏の長編にどっぷりダイブする快感を知らずに生きるのはもったいない。

高村作品を知らずに生きるなんて、スマホの無い現代人みたいなものっすよ。

こんな拙い前置きをいくら続けたところで高村作品の素晴らしさが届くとは思えないのでこのぐらいで止めておきます。

とにかく伝えたいことは、高村作品読もうぜ。できるだけ初期の作品から手を出していくのがいいと思うぜ、ということです。

『我らが少女A』のあらすじ

待望の合田雄一郎シリーズ、最新刊!

一人の少女がいた――

合田、痛恨の未解決事件


12年前、クリスマスの早朝。
東京郊外の野川公園で写生中の元中学美術教師が殺害された。
犯人はいまだ逮捕されず、当時の捜査責任者合田の胸に、
後悔と未練がくすぶり続ける。
「俺は一体どこで、何を見落としたのか」
そこへ、思いも寄らない新証言が――。
動き出す時間が世界の姿を変えていく
人々の記憶の片々が織りなす物語の結晶

『我らが少女A』の読書感想

※作品の結末に触れるネタバレがあるのでご注意くださいませ。

この作品は、都心から少し離れた東京西部にある小金井市を生活圏とする人々を襲った二つの殺人事件(現在設定である2017年と12年前の2005年)を追いかけるミステリを軸とした物語。

と同時に、事件に翻弄される人々の人間模様を描くドキュメンタリーのような側面も持ち合わせています。詳しくは後述します。

ちなみに今回の作品舞台は東京基督教大学出身の著者が学生時代を送った土地でもあります。著者の感性を育んだ場所のひとつなのではないでしょうか。

作品の見どころをザックリまとめるとこんな具合でしょうか。

  • 合田雄一郎シリーズであること
  • 高村氏の十八番、警察ミステリ要素があること
  • フィクションを超えてしまっていること

高村作品と縁のない方はまったく意味不明だと思うので、一つ一つ解説しながら感想をしたためたいと思います。

合田雄一郎シリーズであること

前置きでも書きましたが、著者は「合田雄一郎」という人物を物語の中心に置いた作品を書き続けてきました。

最初に登場したときは警視庁の一刑事であり、その後少しずつ出世して、本作では警察学校の教員となっています。

物語における合田の立ち位置は、どの作品でも「世界の観測者」のような側面があります。

彼個人にもややエキセントリックなところがあるなど個性の強い人物としての魅力もあるのですが、この「観測者のような存在」という点が作品を読み手に深く伝える役割を果たしているように思うのです。

なんつーか、主観のガッツリ入った主役が動き回る物語って、冷めるでしょ。「押しつけんなや」みたいに。

少々言葉が乱れました。

また高村作品すべてに登場するわけではないけれど、ファンは合田がまた登場することを心のどこかで待っている感じ、あると思うんですよ。当然私もそうなんすよね。新作のニュース見て「合田刑事」の文字見ると「キタキタキタキターーーッ」ってなりますもん。

後述しますが、高村作品は『晴子情歌』という作品を境に、もう少し推測すると「阪神淡路大震災」を境に作風がやや変わるんですよ。

なんといいますが、よりディープになったというか、初見殺しといいますか。

なので、本作に興味をもしもし持っていただけたなら、本作で満足できたならいいんすけど。もし、ちょっとツライなと思ったら、是非、合田が最初に登場する『マークスの山』とかデビュー作とかも読んでみてほしいんですよね。

合田のその後の人生を追っかけてみたくなると思うんです。

高村氏の十八番、警察ミステリ要素があること

これも繰り返しになりますが、「合田雄一郎シリーズ」や初期作品は警察ミステリ仕立ての作品が多く、そこがまた多くのファンを掴んだところでもあったと思います。

しかし、前述した『晴子情歌』以降、刑事事件の登場しない作品が続いたりもしたもんで、これはやっぱり初期からのファンとしては嬉しいポイントなわけですよ。

また本作の優れた点として、かつての警察ミステリ要素と、よりディープな作品を描くようになった近年の要素が見事に混ざりあったと言いますか、一言で、頭からっぽで表現すると「サイコーッ!!!」なんすよ。

社会生活に支障をきたすレベルで没入できること受け合いです。

フィクションを超えてしまっていること

これは、前作『冷血』あたりから感じたことでもあります。

著者は小説家、つまりフィクションの書き手なワケです。

しかし、描写や作品の構成が緻密さを増すと同時に、無駄というか曖昧というか非現実的な要素が排除されていくとどうなると思いますか?

現実を飛び越えてしまった、より現実?、超現実?、オレの言語不自由さよ勘弁してくれ。

最近読み始めた「フェルディナント・フォン・シーラッハ」というドイツの作家の『禁忌』という作品に、「真実と現実も別物だ」という言葉が登場するんですよね。

真実って、同じ現実を前にしていても人によって違うじゃないですか。

例えば当事者か、関係者か、ニュースで知った他者という立場によっても異なるし、当事者間でもそれぞれ違って当たり前だったり。

この作品で描かれる事件は、登場する関係者それぞれが思う真実はやはり異なるわけです。実際もそうでしょう。

物事を多面的に捉えようと試みたとしても、やはり個々によって異なる真実が生まれてしまう。

では、現実というかホントのホントの事実みたいなものって書きようが無いよねと思ってしまう。

だって、書き記してしまったら、これは私にとっての真実です、解釈ですとなってしまうから。

でもね、高村氏はやってのけるんすよ。完全ではないと思う。そりゃあね。

物語には12年越しの2つの殺人事件が登場し、それを取り巻く人々の行動や心模様などが描写される。

それらを俯瞰的というか神の視点のような感じで淡々と、一切の無駄を排除して、全部書く。ぜんぶぜんぶ書く。

普通のミステリだと「犯人は誰だ」「動機は、原因はなんなんだー!?」となると思います。

ワイドショーやドキュメンタリーといえどオチの必要なティービープログラムもそうでしょう。

しかし本作品はどうなるかというと、わかんないんですよ。真実なんて。

もちろん私なりの真実のようなものは推測なりなんなりでありますよ。

でも、最後まで読み切ってまず思うのは、「何でか分からん」。

つまり、事実を全部炙り出すことなんて現実世界では不可能じゃないですか。

でも小説ならできるわけですよ。

小説を、フィクションを、そういう意味合いで用いているんですよ。

で、それを実際やるとどうなるかというと、「真実と現実は別物」で、「確たる答えなんて何一つない」となる。

ほんと私に表現力が絶無なのがもどかしくてならんのだけど、これってモノ凄くないですか?????

もうね、頭を吹き飛ばされたことないけど、吹っ飛んだよ。「スコー―――んっ」って。

もう全然うまく伝わってないことが手に取るように実感できてるんだけど、文才の無さが恥ずいんだけどさ。届け!届いてくれ!!頼むから。届いた???

なんなんだろうなー。

この感じを共感したいっす。誰か。こんな感じしなかったですか?って言いたい。言い合いたい。

ハァーーー。。。。

何の手応えもないのに勝手に燃え尽きてしまった感じになってきたのでもうちょいで終わります。

近年の作品で、著者は仏教に踏み込んだ作品もいくつか書いているんですよ。

人びとの営みを包み込むでもなく否定するでもなく、ただ在るものとして描くこの作品の感じ、仏教的な何かって感じするなとか思いましたね。

何の付けたしやねん。

終わりに

感想なのか何なのかよく分かんない「世界の片隅で(高村作品への)オタク愛を叫ぶ」感じの内容になってしまいました。

それでも何の縁かわかりませんがこんな辺鄙な場所にあるこの記事にたどり着いてくださった方に「高村作品の素晴らしさ」が少しでも届くことを願ってやみません。

長文・駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

著者・訳者について

1953(昭和28)年、大阪市生まれ。作家。1990年『黄金を抱いて翔べ』でデビュー。1993年『マークスの山』で直木賞受賞。著書に『晴子情歌』『新リア王』『太陽を曳く馬』『空海』『土の記』等。

過去の高村作品の読書感想

そういえばこのブログを始める前に読んで大好きな『レディ・ジョーカー』とか『リヴィエラを撃て』とか『李歐』とか『照柿』とか再読して感想書いてない。書かんと。

【読書感想】 冷血 高村薫 | neputa note

冷血 (高村薫) のあらすじと感想。 『レディ・ジョーカー』(1997)『太陽を曳く馬』(2009)に続く、"合田雄一郎"シリーズ最新刊!2002年クリスマス前夜。東京郊外で発生した「医師一家殺人

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【読書感想】 晴子情歌 高村薫 | neputa note

あらすじ 遥かな洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼の知らぬ、瑞々しい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で三百年続く政と商の家に嫁いだ晴子の人生は、近

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【読書感想】 新リア王 高村薫 | neputa note

あらすじ 保守王国の崩壊を予見した壮大な政治小説、3年の歳月をかけてここに誕生!父と子。その間に立ちはだかる壁はかくも高く険しいものなのか――。近代日本の「終わりの始まり」が露見した永田町と、周回遅

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【読書感想】 太陽を曳く馬 高村薫 | neputa note

あらすじ 合田雄一郎がミレニアムを挟んで挑む二つの事件。立ち塞がるのは21世紀の思考回路! 『晴子情歌』に始まる三部作完結篇、現代の東京に降臨!惨劇の部屋は殺人者の絵筆で赤く塗り潰されていた。赤に執

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【読書感想】 マークスの山 高村薫 | neputa note

あらすじ 昭和51年南アルプスで播かれた犯罪の種は16年後、東京で連続殺人として開花した―精神に〈暗い山〉を抱える殺人者マークスが跳ぶ。元組員、高級官僚、そしてまた…。謎の凶器で惨殺される被害者。バラ

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【読書感想】 神の火 高村薫 | neputa note

あらすじ 原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に決別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己をスパイに仕立てた男と再会した時から、幼馴染の日野と共に、謎に包まれた

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我らが少女A 高村薫 ~現実を飛び越えてしまった警察ミステリの傑作【読書感想】

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あらすじ

夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった……ただ一人街をさまよっていた男は、奇妙な帽子をかぶった女に出会った。彼は気晴らしにその女を誘ってレストランで食事をしカジノ座へ行き、酒を飲んで別れた。そして帰ってみると、喧嘩別れをして家に残してきた妻が彼のネクタイで絞殺されていたのだ!刻々と迫る死刑執行の日。唯一の目撃者”幻の女”はどこに? サスペンスの詩人の、不滅の名作!
――本書より引用

【読書感想】 幻の女 ウイリアム・アイリッシュ

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あらすじ

一九九二年七月、北海道釧路市内の小学校に通う水谷貢という少年が行方不明になった。湿原の谷地眼(やちまなこ)に落ちたと思われる少年が、帰ってくることはなかった。それから十七年、貢の姉、松崎比呂は刑事として道警釧路方面本部に着任し、湿原で発見された他殺死体の現場に臨場する。被害者の会社員は自身の青い目を隠すため、常にカラーコンタクトをしていた。札幌、小樽、室蘭、留萌。捜査行の果てに、樺太から流れ、激動の時代を生き抜いた顔のない女の一生が、浮かび上がる! 文庫化に際し完全改稿を行った、新・直木賞作家唯一の長編ミステリー!
――本書より引用

【読書感想】 凍原 桜木紫乃

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あらすじ

未解決だった難事件を次々と解決、やっと日の目を見つつある特捜部Q。だが捜査を待つ事件は増えるばかりだ。そんななか、特捜部の紅一点ローセが掘り起こしてきたのは、20年以上前にエスコート・クラブの経営者リタが忽然と姿を消した奇妙な事件。しかもリタとほぼ同時に失踪した者が、他にも5人いることが判明し……。 デンマークの代表的文学賞「金の月桂樹」賞を受賞、ますます波に乗る大人気警察小説シリーズ第4弾!
――本書より引用

【読書感想】 特捜部Q―カルテ番号64―

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あらすじ

太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町。先祖代々からの住人と新たな入居者が混在するその町で生まれ育った久美香は、幼稚園の頃に交通事故に遭い、小学生になっても車椅子生活を送っている。一方、陶芸家のすみれは、久美香を広告塔に車椅子利用者を支援するブランドの立ち上げを思いつく。出だしは上々だったが、ある噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始め――。緊迫の心理ミステリー。
――本書より引用

【読書感想】 ユートピア 湊かなえ

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あらすじ

連続爆弾犯のアジトで見つかった、心を持たない男・鈴木一郎。逮捕後、新たな爆弾の在処を警察に告げた、この男は共犯者なのか。男の精神鑑定を担当する医師・鷲谷真梨子は、彼の本性を探ろうとするが……。そして、男が入院する病院に爆弾が仕掛けられた。全選考委員が絶賛した超絶の江戸川乱歩賞受賞作。
――本書より引用

【読書感想】 指し手の顔 脳男2 首藤瓜於

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あらすじ

連続爆弾犯のアジトで見つかった、心を持たない男・鈴木一郎。逮捕後、新たな爆弾の在処を警察に告げた、この男は共犯者なのか。男の精神鑑定を担当する医師・鷲谷真梨子は、彼の本性を探ろうとするが……。そして、男が入院する病院に爆弾が仕掛けられた。全選考委員が絶賛した超絶の江戸川乱歩賞受賞作。
――本書より引用

【読書感想】 脳男 首藤瓜於

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あらすじ

三月も終わりに近いある日、出張先のシカゴから帰宅したスターン弁護士は、妻の自殺を発見する。どうして? 突然のことに驚きを隠しきれないスターン。妻宛の病院からの請求書も気になる。一方、依頼人である義弟には大陪審から召喚状が届く。真実を探り当てるべく、見慣れた顔に隠された欺瞞をはがす執念の日々が始まった!
――本書より引用

【読書感想】 立証責任 スコット・トゥロー

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あらすじ

ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は二人の女性を殺した罪で死刑判決を受けていた。だが、動機は不可解。事件の関係者も全員どこか歪んでいる。この異様さは何なのか? それは本当に殺人だったのか?「僕」が真相に辿り着けないのは必然だった。なぜなら、この事件は実は――。話題騒然のベストセラー、遂に文庫化!
――本書より引用

【読書感想】 去年の冬、きみと別れ 中村文則

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あらすじ

原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に決別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己をスパイに仕立てた男と再会した時から、幼馴染の日野と共に、謎に包まれた原発襲撃プラン〈トロイ計画〉を巡る、苛烈な諜報戦に巻き込まれることになった……。国際政治の激流に翻弄される男達の熱いドラマ。全面改稿、加筆400枚による文庫化!
――本書より引用

【読書感想】 神の火 高村薫

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あらすじ

廃用身とは、脳梗塞などの麻痺で動かず回復しない手足をいう。神戸で老人医療に当たる医師漆原は、心身の不自由な患者の画期的療法を思いつく。それは廃用身の切断だった。患者の同意の下、次々に実践する漆原を、やがてマスコミがかぎつけ悪魔の医師として告発していく――。『破裂』の久坂部羊の、これ以上ない衝撃的かつ鮮烈な小説デビュー作。
――本書より引用

【読書感想】 廃用身 久坂部羊

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あらすじ

宿敵ザラチェンコと対決したリスベットは、相手に重傷を負わせるが、自らも瀕死の状態に陥った。だが、二人とも病院に送られ、一命をとりとめる。この事件は、ザラチェンコと深い関係を持つ闇の組織・公安警察特別分析班の存在と、その秘密活動が明るみに出る危険性をもたらした。危機感を募らせた元班長は班のメンバーを集め、秘密を守る計画を立案する。その中には、リスベットの口を封じる卑劣な方策も含まれていた。
――本書より引用

【読書感想】 ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士

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あらすじ

女性調査員リスベットにたたきのめされた後見人のビュルマンは復讐を誓い、彼女を憎む人物に連絡を取る。そして彼女を拉致する計画が動き始めた。その頃ミカエルらはジャーナリストのダグと恋人ミアが進める人身売買と強制売春の調査をもとに、『ミレニアム』の特集号と書籍の刊行を決定する。ダグの調査では背後にザラという謎の人物がいるようだ。リスベットも独自にザラを追うが、彼女の拉致を図る者たちに襲撃された!
――本書より引用

【読書感想】 ミレニアム2 火と戯れる女

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あらすじ

月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家の違法行為を暴く記事を発表した。だが名誉毀損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れた。そんな折り、大企業グループの前会長ヘンリックから依頼を受ける。およそ40年前、彼の一族が住む孤島で兄の孫娘ハリエットが失踪した事件を調査してほしいというのだ。解決すれば、大物実業家を破滅させる証拠を渡すという。ミカエルは受諾し、困難な調査を開始する。
――本書、上巻より引用

【読書感想】 ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女

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あらすじ

東京都荒川区の超高層マンションで起きた凄惨な殺人事件。殺されたのは「誰」で「誰」が殺人者だったのか。そもそも事件はなぜ起こったのか。事件の前には何があり、後には何が残ったのか。ノンフィクションの手法を使って心の闇を抉る宮部みゆきの最高傑作がついに文庫化。《解説・重松清》
――本書より引用

【読書感想】 理由 宮部みゆき

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あらすじ

神戸の住宅地での一家四人殺害事件。惨たらしい現場から犯人の人格障害の疑いは濃厚だった。凶器のハンマー、Sサイズの帽子、LLの靴跡他、遺留品は多かったが、警察は犯人像を絞れない。八カ月後、精神障害児童施設の十四歳の少女が自分が犯人だと告白した、が……。外見だけで症状が完璧にわかる驚異の医師・為頼が連続殺人鬼を追いつめる。
――本書より引用

【読書感想】 無痛 久坂部羊

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あらすじ

その地に着いた時から、地獄が始まった――。1961年、日本政府の募集でブラジルに渡った衛藤。だが入植地は密林で、移民らは病で次々と命を落とした。絶望と貧困の長い放浪生活の末、身を立てた衛藤はかつての入植地に戻る。そこには仲間の幼い息子、ケイが一人残されていた。そして現代の東京。ケイと仲間たちは、政府の裏切りへの復讐計画を実行に移す! 歴史の闇を暴く傑作小説。
――本書より引用

【読書感想】 ワイルド・ソウル 垣根涼介

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あらすじ

  • 上巻より引用
その手紙は、ビンに収められたまま何年間も海中にあり、引き揚げられてからもすっかり忘れ去られていた。だがスコットランド警察からはるばる特捜部Qへとその手紙が届いたとき、捜査の歯車が動き出す。手紙の冒頭には悲痛な叫びが記されていたのだ。「助けて」いまひとつ乗り気でないカールをよそに、二人の助手アサドとローセは判読不明のメッセージに取り組む。やがておぼろげながら、恐るべき犯罪の存在が明らかに……
――本書より引用

【読書感想】 特捜部Q Pからのメッセージ

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あらすじ

アメリカ中部の大都市、地方検事を選ぶ選挙戦のさなかに、美人検事補が自宅で全裸の絞殺死体となって発見された。変質者によるレイプか、怨みが動機か、捜査に乗りだしたサビッチ主席検事補は、実は被害者と愛人関係にあった間柄、容疑が次第に自分に向けられてくるのを知って驚く――現職検事補による世界的ベストセラー!。
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 法定を舞台に検察と弁護側が繰り広げる答弁が熱い裁判ミステリ。
  • 司法に携わる人々の人間模様とその舞台裏を現職検事が丹念に描いた読み応えある作品。
  • 冷徹に事実のみの積み重ねを要求する「法」と矛盾に満ちた「人間」の対比が浮き彫りになる。

上下巻の大半を占める法定でのやり取り

現実における事実とは異なるとの印象が強いが、刑事罰において以下のような原則がある。

「刑事裁判で、証拠に基づいて有罪を宣告されるまで、被告人は無罪と推定されるべきであるということ。疑わしきは罰せずを原則とする。」

この原則は日本でもこの物語の舞台である米国でも変わらない。

主人公の「ラスティ」は被告の有罪を勝ち取る仕事を担う検事でありながら、被告として裁判で無罪を争うことになる。
そして「推定無罪」とはやはり人類が生み出したただの理想や建前なのか、彼はすべてを失う。

この物語の大半は法定でのやり取りであり、その他はラスティの視点を通じて眺めた司法の世界の裏側である。
証言くずしの緊張感もさることながら、法律の持つ性質とは対極に位置する矛盾をはらんだ人間たちの行動が織りなすドラマ性がハイライトと言える作品だった。

ラスティの日常、唐突に訪れる日常の崩壊

ラスティは首席検事補として日々働く男だ。
ボスに認められ妻と息子との暖かな家庭のために働いている。
上巻の前半部はラスティが送る司法世界のごく日常であるが徐々にそのほころびが明らかとなる。

ラスティは同僚の女性検事への恋に狂う。
キャロリンというこの女性は美貌に恵まれて自分の武器を最大限に活かすすべを知っており出世のために男たちを翻弄するのだがラスティは見事に手玉に取られる。

ここまでなら愚かな男の話なのだが、キャロリンは何者かに殺害されてしまう。
ラスティは捜査を任され事件解明へと挑むことになるのだが、あるパーティーで同僚たちに容疑者として告発される。

緊張感に満ちた法定バトル

上巻の後半から下巻の後半までは裁判所をその舞台へと移す。

だがそれまでのくだりを読んできた私にはラスティは犯人ではないと強い印象を抱いている。
そう本作は法廷ミステリ。彼が司法の場でいかに無罪を勝ち取るかが焦点となる。

このパートは大変読み応えがある。
現職検事である著者は検察・弁護側の戦略や、証言や証拠はどのように証明され崩されるのかをその当事者の心情と併せて仔細に描き出す。
手に汗握る瞬間を幾度も体感できるその文章は実に素晴らしい。

そしてこの法廷シーンにおいては主人公が入れ替わる。
ラスティの弁護を担うのはスターン弁護士という人物。
彼の冷静で鋭い言述でもって次々に検察側の証拠を葬り去るさまは正に「スターン無双」。これがタイトルでもいいんではないかという暴れっぷりである。

近いうちに読んでみたいと思っている同著者の作品「立証責任」という作品は、このスターン弁護士の物語とのこと。


法定の外にある現実

裁判はある意外性を伴いながらも大方の期待通りであろう判決で締めくくられる。

忘れてはいけない肝心なこと。
犯人はいったい誰か。

法定ミステリだと書いたが裁判のあとにハイライトといえるくだりが続く。

ほんの一章を割いただけの夫婦のやりとりはこの上ない驚きと悲しみに満ちたものだった。
ラスティという人物の人生を描いた部分には単にミステリ作品と呼べない文学性を帯びており、またこの著者は詩的な表現を織り交ぜ読者を物語へと惹きつける。

合理的に秩序を紡ぎ上げ法を生み出した我々人間はその対極を示すかのように矛盾に満ち溢れ愚かな振る舞いを止めることができない。

痺れるミステリ劇と法とは何か人間とは何かと考えさせられる人間ドラマが見事に一つの物語として完結する作品だった。



映像作品について

あとがきで訳者が紹介していたのだが本作は映画作品となっているそうだ。
法定でのやり取りの場面は映像作品で映えるだろう。
一度観てみようと思う。


著者について

スコット・トゥロー
Scott Turow
1949年、シカゴ生れ。スタンフォード大学大学院で創作を学んだ後、同行で講師として文芸創作を教えていたが、志望を変更、26歳でハーヴァード・ロースクールに入学、法曹界を目指した。この頃の体験を日記体で綴った「ハーヴァード・ロー・スクール」(早川文庫)も好評を得たが、87年、シカゴ地区連邦検察局の現職検事補の身でありながら本書を発表、一躍”時の人”となった。第二作”The Burden of Proof”もベストセラーとなった。
――本書より引用

訳者について

上田公子(うえだ・きみこ)
1930(昭和5)年、神戸市生まれ。熊本県立女子専門学校英文科卒業。英米文学翻訳家。主な訳書にスコット・トゥロー『立証責任』『有罪答弁』(文春文庫)、ベン・エルトン『ポップコーン』(早川書房)、パトリシア・ハイスミス『贋作』(河出文庫)ほか多数。2011年、没。
――本書より引用

【読書感想】 推定無罪 スコット・トゥロー