『薔薇窓の闇』 帚木蓬生 ~人間らしさを貫く医師の物語~ 【読書感想・あらすじ】

2014/11/08

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『薔薇窓の闇』あらすじ

パリ警視庁特別医務室に勤務する精神科医のラセーグは、犯罪者や保護された者を診断する毎日。
折しもパリでは万国博覧会が開催され、にぎわうが、見物客の女性が行方不明となる事件が相次ぐ。
そんな中、ひどく怯える日本人少女を面接し、彼女の生い立ちに興味をもつ。
一方でラセーグは、見知らぬ貴婦人にストーカー行為を受け、困っていた。執拗な誘いに負けて、彼女の屋敷を訪ねるが――

薔薇窓 上巻 装丁
薔薇窓 下巻 装丁

読書感想

1900年頃のパリを舞台に、警察付きの精神鑑定医師として働く若いフランス人を中心に描いた物語。

「とりあえず該当人物の過去に触れたから人物描写はおk」 と言った乱暴な書き方をする作家もいるが、本作の著者は登場人物全員を本当に色濃く描く。

人身売買の手から逃れてきた日本人女性の音奴(おとやっこ)との心温まる触れ合いが主軸となっているが、当時のパリの雰囲気や、様々な個性あふれる周辺の人達との関わりも味わい深い。

また、本作も含めミステリ要素を含む作品が多いが、それはあくまで物語の一部であり、醍醐味は各作品ごとに深く深く掘り下げられるテーマであり、ヒューマンドラマ性であると感じる。

本作では、「精神病とは何か?」について著者の考えが語られており、これが最も印象深いものであった。

世の中にはさまざまな人間がいて様々な行為をする。それだけの多様性を、人間という生き物は元来、天から付与されている。人間以外の他の動物には行動上の多様性はさして多くはない。下等動物になるに連れて、行動が単純化してくる。
しかし人間に備わっている行動の多様性を、益々複雑にしているのが狂気だ
――本書より引用
もしこれがなかったら、と人は想像してみることができるかもしれない。
道徳家は、狂気がなければさぞかし人の世は平穏なはずだと言うだろう。
病気だからないほうがいいと決めつける者もいるに違いない。
――本書より引用
狂気が、通常の人の行為を照り返している。つまり物体に影があるように、行為や指向に立体感を与えてくれているのではないかと思うのだ。
~ (中略)~
影がなければ輪郭だけの、のっぺらぼうの絵になってしまう。
――本書より引用

霊長類で最も発達した脳を持つ人間は、他の動物をしのぐ知性を手に入れた。

そして、精神病はそれと表裏一体のものと述べているのではないか。

副産物や副作用ではなく、あくまで対であり、相互に照らし合う切っても切れないものであると解釈した。

平均化された振る舞いを強く求められる社会において、精神を患ったものは隔離される、または自発的に引き篭もってしまうことが多いのではないか。

そうではなく、人間を知るためには、理性や知性と共に狂気についても深く理解する必要があるのではと思う。

帚木作品の、特に医療に関わる作品をもっと読みたいと思うきっかけになった一冊だった。

著者について

帚木 蓬生
1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職して九州大学医学部に学び、現在は精神科医。’79年に『白い夏の墓標』を発表、サスペンスの舞台を海外に据えた物語は直木賞候補となった。’93(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞、’95年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、’97年『逃亡』で柴田錬三郎賞を受賞した
――本書より引用

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