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長い前フリ
新型コロナウイルスによるパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻と立て続けに世界を揺るがす出来事が起こっている。
世界が大きく動いているとき、一般人の私にできることは何であるか。
連日の報道や世論に押し流されてしまわぬよう、何とか自分なりの考えを持ちたいという願望がある。
知に勝るものはないはずと信じ、なにかあれば私は新書を読むようにしている。
コロナ禍においては、「そもそもウイルスとは何か?」から始めた。
人類と病-国際政治から見る感染症と健康格差 neputaさんの感想 - 読書メーター
人類と病-国際政治から見る感染症と健康格差。WHOって何?過去の感染症と世界はどう向き合ってきたのか? 等々まったくの無知であることに気づき本書を手に取った。 内容は、中世におけるペスト・コレラから、
ウクライナ侵攻においては、「そもそもウクライナとは?」から始めた。
物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国 neputaさんの感想 - 読書メーター
物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国。#нетвойне #Противійни #戦争反対 #NoWar 無知ゆえ「いま読むべき」と思い手にとった。ウクライナの歴史・文化を大まかに把握し、プ
その流れで偶然、『紛争でしたら八田まで』というマンガ作品のウクライナ編が無料公開されるというニュースを目にする。
講談社「紛争でしたら八田まで」のウクライナ編を無料公開 リスク管理の専門家が監修する地政学まんが - ITmedia NEWS
講談社は「Dモーニング」で連載している「紛争でしたら八田まで」のウクライナ編全6話を無料公開した。
紛争でしたら八田まで|モーニング公式サイト - 講談社の青年漫画誌検索
海外のことがちょっと楽しくなる新連載!民族、言語、思想。違えばやっぱり、事件は起きる。住む場所変われば、起きる事件も、もちろん変化!それを眼鏡美人・八田百合、チセイ(と荒技)で解決!? 荒み疲れ果
この作品は「地政学」がベースとなっており、川口貴久氏という方が監修をされている。
日本大百科全書(ニッポニカ) - 地政学の用語解説 - スウェーデンの政治学者チェレーンRudolf Kjellén(1864―1922)によって第一次世界大戦直前につくられた用語で、政治地理学が世界
主席研究員/プリンシパルリサーチャー 川口 貴久(KAWAGUCHI Takahisa) | コンサルタント紹介 | 東京海上ディーアール株式会社
東京海上ディーアール株式会社のコンサルタント主席研究員/プリンシパルリサーチャー 川口 貴久(KAWAGUCHI Takahisa)の紹介ページです。製品安全やビジネスリスクをはじめとする様々な業界に
第9巻の巻末で、その川口さんが「スパイ映画」5作品をおすすめしていた。
川口氏信者に片足を突っ込んでいる私は迷うことなく「5夜連続スパイ映画視聴祭を敢行した。
今週末は『紛争でしたら八田まで 9巻』で監修を行っている川口貴久さんおすすめのスパイ映画5作品を観る。
— neputa (@h_neputa) May 13, 2022
『ゼロ・ダーク・サーティ』
『シリアナ』
『工作 黒金星と呼ばれた男』
『フェア・ゲーム』
『誰よりも狙われた男』 pic.twitter.com/yxSgSyoQIa
いずれも見ごたえがあり考えさせられることも多かった。
これは記しておかざるを得ない。
以上が本記事の主旨であり、長い前フリ、以下本題。
視聴環境
私はAmazon PrimeとNetflixで映像作品を視聴可能である。
他のサービスで視聴可能であるかは未調査であるので悪しからず。
これを書いている2022年5月18日時点では、5作中4作が通常サービスの範囲で見ることができた。
1作品のみレンタルのため追加で支出した。
作品名 | 視聴環境 |
---|---|
ゼロ・ダーク・サーティ | Amazon Prime |
シリアナ | Amazon Prime |
工作 黒金星と呼ばれた男 | Netflix |
フェア・ゲーム | Amazon Prime (レンタル407円) |
誰よりも狙われた男 | Amazon Prime |
スパイ映画5作品のあらすじと感想
まず冒頭に5作品を通じての所感を記しておきたい。
「スパイ映画」というと、「ダブルオーセブン」や「キングスマン」のような超エンタメ作品も含まれるのであろう。
だが地政学専門家によるおすすめ作品だけあって、エンタメ要素は極めて薄い。
音楽、演出、アクションなどは無に等しい。
淡々としたドキュメンタリータッチの映像が永遠と続く。しかも長い。
「知られることのない諜報活動のドキュメンタリー」とは矛盾した表現だが、印象としてそうなのだから仕方がない。
しかし、いずれの作品も深く心に刺さる作品ばかり。
演出を排する演出に成功している作品群とも言える。
共通して改めて思うのは、「人の数だけ正義や正しさの形は異なる」ということ。
そして、「過去も今も恐らくこの先も人間社会は混沌(カオス)である」ということ。
良いか悪いか、という判断も極めて個人的な思いに過ぎない。
それをイヤというほど思い知らされる。
以下、地味で、長く、重たい5作品について個別の感想を記す。
ゼロ・ダーク・サーティ

あらすじ
2011年5月2日に実行された、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン捕縛・暗殺作戦の裏側を、「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が映画化。テロリストの追跡を専門とするCIAの女性分析官マヤを中心に、作戦に携わった人々の苦悩や使命感、執念を描き出していく。9・11テロ後、CIAは巨額の予算をつぎ込みビンラディンを追うが、何の手がかりも得られずにいた。そんな中、CIAのパキスタン支局に若く優秀な女性分析官のマヤが派遣される。マヤはやがて、ビンラディンに繋がると思われるアブ・アフメドという男の存在をつかむが……。脚本は「ハート・ロッカー」のマーク・ボール。主人公マヤを演じるのは、「ヘルプ 心がつなぐストーリー」「ツリー・オブ・ライフ」のジェシカ・チャステイン。
2012年製作/158分/PG12/アメリカ
原題:Zero Dark Thirty
配給:ギャガ
感想
空挺部隊による作戦シーンが唯一派手だが、それ以外は淡々と情報収集を行う諜報活動の裏側を描いている。
米国側の視点で、9.11の復讐が果たされるまでを描くストーリーである。
だが、同じ国家の元で活動するCIA局員の間にも微妙な目的や温度の違いがあり興味深い。
過去に、米軍が9.11の首謀者であるオサマ・ビンラディンを殺害したとのニュースを目にした曖昧な記憶がある。
本作により、それは9.11から10年という月日を経て果たされたものであり、実際に実在したとされる一人のCIA分析官の執念が実を結んだものであったことが分かる。
米国側の視点からすると「勝利の物語」であるかもしれないが、いったい誰の勝利なのか、誰のための戦いであったのか、など複雑な思いに駆られる。
シリアナ

あらすじ
「トラフィック」でアカデミー賞脚本賞を受賞したスティーブン・ギャガンが、全米ベストセラーとなったノンフィクション「CIAはなにをしていた?」(新潮社刊)を元に映画化した社会派群像劇。CIA工作員、アラブの王族、米国の石油企業、イスラム過激派テロリストら石油利権の周辺にうごめく人間たちの運命をドキュメンタリータッチで描く。ウィリアム・ハートやクリス・クーパーといったアカデミー賞俳優が脇を固めるほか、アマンダ・ピート、クリストファー・プラマーらが共演。
2005年製作/128分/アメリカ
原題:Syriana
配給:ワーナー・ブラザース映画
感想
タイトルの「シリアナ」は中東にある架空の国。
実のところ「サウジアラビア」。
実に地味でドキュメンタリー濃度の高い作品である。
また、石油依存を脱し近代化を図ろうとする中東国家の勢いを、自由の国アメリカが押しとどめようとする構図の残酷さは見どころのひとつであろう。
しかし、とにかく注目すべきプレイヤーが多い。
- CIA工作員
- シリアナ王国の後継者を争う兄と弟
- 兄に肩入れする米国の経済アナリスト
- 弟を抱き込み石油利権を維持したい米国オイルカンパニー
- オイルカンパニーと政府の間で暗躍する弁護士
- 石油利権を巡る国家間の争いに巻き込まれ失業してしまうシリアナの労働者
物語を理解するヒントは彼らの会話、画面に映った事実のみ。
しかしこれらを丹念に追ったとしても理解は難しいだろう。
なぜなら、描かれている出来事それ自体がとんでもなく複雑であるからだ。
人間の営みとして価値の大きなものには多くが群がり、コトはおのずと複雑となる。
対象は石油、21世紀においてなお巨額な金を動かす資源である。
できることなら原作を、最低限Wikiなどで登場人物と大筋をおさらいしておくことをお勧めする。
今回観た5作品の中でもっとも骨が折れる作品だった。
しかし、単純化した言説や耳障りのよい話しなどでこの世界が簡単に理解できるわけがない。
あらためて思い知る良い機会となること受け合いの作品である。
工作 黒金星と呼ばれた男
あらすじ
北朝鮮の核開発をめぐり緊迫する1990年代の朝鮮半島を舞台に、北への潜入を命じられた韓国のスパイの命を懸けた工作活動を描き、韓国で数々の映画賞を受賞したサスペンスドラマ。92年、北朝鮮の核開発により緊張状態が高まるなか、軍人だったパク・ソギョンは核開発の実態を探るため、「黒金星(ブラック・ヴィーナス)」というコードネームの工作員として、北朝鮮に潜入する。事業家に扮したパクは、慎重な工作活動によって北朝鮮の対外交渉を一手に握るリ所長の信頼を得ることに成功し、最高権力者である金正日と会うチャンスもつかむ。しかし97年、韓国の大統領選挙をめぐる祖国と北朝鮮の裏取引によって、自分が命を懸けた工作活動が無になることを知ったパクは、激しく苦悩する。監督は「悪いやつら」のユン・ジョンビン、主演は「哭声 コクソン」「アシュラ」のファン・ジョンミン。
2018年製作/137分/G/韓国
原題:The Spy Gone North
配給:ツイン
感想
5作品のなかでは最も演出が効いたエンタメ作品といえるだろう。
ストーリー展開も見事で予備知識があまり無くても楽しめる作品。
ただやはり、より深く作品を満喫するには朝鮮半島の近代史あたりはおさらいしておくことをお勧めする。
また他4作品とは違った特徴が本作にはいくつかある。
ひとつは同じ言語を共有するかつては同じ国であった民族同士が対立関係にあること。
これはもどかしさと悲しさが入り混じる非常に複雑な感情をもたらす。
もうひとつは諜報の世界の話ではあるが、人間関係のドラマが前面に描かれていること。
ともすると人間味が薄い世界に感じられるリアルな諜報活動の世界において、この作品は血が通った人間同士の世界であることを改めて教えてくれる。
敵対する者同士、直接言葉にして伝え合うことができないもどかしさと、それでも通じ合う思いに胸が熱くなる。
フェア・ゲーム

あらすじ
03年3月に開始されたイラク戦争のきっかけとなった大量破壊兵器の存在。米外交官ジョセフ・ウィルソンはその存在そのものを否定するレポートを発表したが、米政府はそれを無視。さらに報復としてウィルソンの妻バレリー・プレイムが現役のCIAのエージェントであることマスコミに暴露する……。イラク戦争開戦をめぐり実際に起こった「プレイム事件」を「ボーン・アイデンティティー」のダグ・リーマン監督が完全映画化した実録サスペンス。出演は、バレリーにナオミ・ワッツ、ウィルソンにショーン・ペン。
2010年製作/108分/G/アメリカ
原題:Fair Game
配給:ファントム・フィルム
感想
1995年にも同じタイトルの作品があるが、これは2010年に公開されたもの。
本作が描く2003年の米国によるイラク戦争は、突如、半ば強引に米国がイラクに仕掛けた戦争として記憶している。
存在しない脅威をあると言い、平和のためだと他国に侵略する。
まさに現在起きているロシアによるウクライナ侵攻と同じ印象がある。
だが、独裁者による独断ではなく、民主主義国家の代表格ともいえる米国でなぜそのような事が起きたのかと言われると何も知らずにいた。
本作ではその辺りの背景となるCIAと政府の熾烈なやり取りから始まり、この作品を生む要因ともなった政府によるCIA工作員への報復などが中心に描かれている。
また、CIAというよりかは米国という国は、ほんとうに他国民を人間として扱わない国という個人的な印象がより深まる作品でもある。
諜報活動には対処国および周辺の関連国の一般市民も数多く巻き込まれ犠牲になる。
その辺りも含め、現在ロシアによる侵略戦争が行われている状況下でこの作品を観るとより一層深く刺さるものがある。
戦時下において、人は「殺す側」と「殺す側」の二手に、強制的に分けられてしまう。
だからこそ、戦争を始めてはならないのだと改めて強く思うのだ。
誰よりも狙われた男

あらすじ
スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレの同名小説を「コントロール」のアントン・コービン監督が映画化。2014年2月に急逝した名優フィリップ・シーモア・ホフマンの最後の主演作となった。ドイツ、ハンブルクの諜報機関でテロ対策チームを率いるバッハマンは、密入国した青年イッサに目をつける。イスラム過激派として国際指名手配されているイッサは、人権団体の女性弁護士アナベルを仲介してイギリス人銀行家ブルーと接触。ブルーが経営する銀行に、とある秘密口座が存在しているという。ドイツ諜報界やCIAがイッサ逮捕に向けて動きだすなか、バッハマンはイッサをわざと泳がせることで、テロへの資金援助に関わる大物を狙うが……。ホフマンがバッハマンを演じるほか、共演にも「きみに読む物語」のレイチェル・マクアダムス、「グランド・ブダペスト・ホテル」のウィレム・デフォー、「ラッシュ プライドと友情」のダニエル・ブリュールら実力派キャストが集結。
2013年製作/122分/G/アメリカ・イギリス・ドイツ合作
原題:A Most Wanted Man
配給:プレシディオ
感想
9.11テロの作戦がドイツのハンブルグで立てられていたとは知らなかった。
そのため9.11以降、ハンブルグは諜報戦が活発化する。
その中でドイツ・ハンブルグの諜報機関とCIAによる、とある熾烈な諜報戦に絞って描かれたのが本作品である。
色々思うことや感想はとめどなく溢れるほどある作品なのだが、あまり書かずにおく。
とにかく、今回観た5作品のなかで最も良い作品であったことのみを書き記しておきたい。
視聴後の虚脱感は耐え難いほどであるが、個人的に強く強く強くお勧めしたい作品だ。
あらすじで興味を持った方はぜひ観てみてほしい。
そして、改めてCIAはクソだと思う。
まとめ
人類は相手の裏をとって物事を進める営みを何千年も続けてきたし、きっとこの先も続けて行くのだろう。
そしてこの諜報活動に凝縮されるような行動は、何も人間のみにあらず、自然界にも数多くある生物が持ち得る本能的なものなのだろう。
ただ、そこで犠牲となる数多くの人生とはいったい何なのであろうかと、一市民の私などは途方に暮れてしまう。
かなり充実した五夜だったが、現実と裏ばかりの作品だったがゆえ少々鬱気味である。
フィクション、エンタメがひどく恋しくなる副作用付きの試みだった。
もしどれかの作品を観た方や、同じく『紛争でしたら八田まで』をキッカケに観たなどの方がいらしたら、ぜひ何かコメントやTwitterなどで教えていただけると嬉しい限り。
最後までお読みいただき感謝感激。
それではみなさま良き映画ライフを。
『紛争でしたら八田まで』の監修:川口貴久氏おすすめのスパイ映画5作品を観た
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本記事には「ユービック」のネタバレが含まれています。
あらすじ
1992年、予知能力者狩りをおこなうべく、ジョー・チップら半予知能力者が月面に結集した。だが予知能力者側の爆弾で、メンバーの半数が失われる。これを契機に、恐るべき時間退行現象が地球にもたらされた。あらゆるものが退化していく世界で、それを矯正する特効薬は唯一ユービックのみ。その存在をチップに教えたのは、死の瞬間を引き延ばされている半死者エラだった……鬼才ディックがサスペンスフルに描いた傑作長篇
読書感想
以前読んだ『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に続き、2つ目の「フィリップ・K・ディック」作品。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック ~ブレードランナー原作~ 【読書感想・あらすじ】 | neputa note
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』のあらすじ:第3次世界大戦(最終戦争と呼ばれている) が終わった後、地球は放射能灰に汚染され死の星となり、人間の多くは植民惑星へと移住した。生物は希少で価値が高く、
設定を理解し入り込むのに少々難があったが、扉を開いたその瞬間からフィリップ・K・ディックの世界が広がっていた。
そこは少し先の未来であり、テクノロジーの進化と退廃が渾然一体となったいわゆる「サイバーパンク」とも呼ばれるあの世界観だ。
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - サイバーパンクの用語解説 - サイエンス・フィクション (SF ) の一分野。人間性が失われたハイテク未来社会のなか,類型的な英雄像とは異なるあり方で既成文化
本作品は1969年に出版された「フィリップ・K・ディック」によるSF小説である。
舞台は出版当時からすると近未来であった1992年の米国、超能力と進化した科学技術が共に存在する世界であり、それらは対立している。
超能力による犯罪から市民を守る警備会社の経営者「グレン・ランシター」、従業員であり技術者の「ジョー・チップ」、そしてランシターの妻「エラ」が主要人物。
彼らは「不活性者」と呼ばれる超能力者の能力に対抗する力を持つ者たちを率い、超能力サイドと対峙する。
ちなみに超能力サイドのボスは「レイ・ホリス」という人物で、彼はランシターたちを月におびき寄せ爆弾による殺害を試みる。
そしてこの事件を起点に、身の回りのモノ、モノだけでなく人までもが1940年に向かって退行するという奇妙な現象が発生する。
生き残りをかけてジョーとランシターは果たしてこの奇怪な現象を解決できるのか、そして「Ubik(ユービック)」とは何なのか、この辺りが読みどころであろうか。
みなさん、在庫一掃セールの時期となりました。当社では、無音、電動のユービック全車を、こんなに大幅値引きです。そうです、定価表はこの際うっちゃることにしました。そして――忘れないでください。当展示場にあるユービックはすべて、取り扱い上の注意を守って使用された車ばかりです。
各章はすべてこのような広告から始まる。
上記は第1章のユービック広告を引用したもので、「ユービックとは車なのか?」と思いきや第2章の広告ではユービックとはインスタントコーヒーであり、その後もユービックは様々な種類の商品として登場する。
そして広告の最後は必ず取り扱いの注意で締めくくられている。
ユービックとは何であるか?
先に本作品の見どころとして挙げた、「過去への退行」を阻止することができるか?、これに対抗するための鍵が「ユービック」なのである。
そして、本作品には複数層の現実世界が設定としてしつらえてある。
複数層の現実とはおかしな言葉だが、いわゆる存在する者としての「生者」のほかに「半生者」が存在する。
「半生者」の世界は肉体を離れた意識のみによる世界であり、「生者」と「半生者」は装置によってコミュニケ―ションが可能である。
この設定と著者の描写の妙により、読んでいる側は目の前にある世界が何であるか、どこであるのかが安定せず非常に翻弄される。
本作の肝である「Ubik(ユービック)」という言葉は現実に存在しないとのこと。
近いものが「ubique」というラテン語で、その意味は「あらゆる場所」である。
各章のはじまりは、ユービックが「あらゆるモノ」の代替存在として紹介される広告が登場すると前述した。
「ユービック」に近い語として「あらゆる場所」を意味する言葉が存在する。
そして、万物が退行してしまう現象を解決する鍵として「ユービック」が用いられる。
こうやって眺めてみると「ユービック」とは「神」、あるいは「宇宙の真理」のような概念を指すものに感じる。
思考があちこちへと駆け巡る稀有な読書体験であった。
種明かしというか解説的なものを読んでみたい気もするが、もう少し自由に思考を巡らせてみようと思う。
著者・訳者について
フィリップ・K・ディック
アメリカの作家。1928年生まれ。1952年に短編作家として出発し、その後長編を矢つぎばやに発表、「現代で最も重要なSF作家の一人」と呼ばれるまでになる。ゆるぎない日常社会への不信、崩壊してゆく現実感覚を一貫して描き続けた。代表作に『ユービック』『火星のタイム・スリップ』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『スキャナー・ダークリー』『ヴァリス』など。1982年歿。
浅倉久志
1930年生、2010年没、1950年大阪外語大学卒、英米文学翻訳家 訳書『タイタンの妖女』ヴォネガット、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』ディック、『輝くもの天より墜ち』ティプトリー・ジュニア(以上早川書房刊)他多数
「フィリップ・K・ディック作品」に関する記事
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「SF小説」に関する感想記事
『星を継ぐもの』 ジェイムズ・P・ホーガン 【読書感想・あらすじ】 | neputa note
星を継ぐもの (ジェイムズ・P・ホーガン) の感想とあらすじ。あらすじ月面調査隊が深紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行われた結果、驚くべき事実が明らかになっ
『虐殺器官』 伊藤計劃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note
虐殺器官 (伊藤計劃) のあらすじと感想。9.11以降の、"テロとの戦い"は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。
『ハーモニー』 伊藤計劃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note
ハーモニー (伊藤計劃) のあらすじと感想。21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉構成社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫
『氷』 アンナ・カヴァン 【読書感想・あらすじ】 | neputa note
氷 (アンナ・カヴァン ) あらすじと感想あらすじ異常な寒波のなか、私は少女の家へと車を走らせた。地球規模の気候変動により、氷が全世界を覆いつくそうとしていた。やがて姿を消した少女を追って某国に潜
『ユービック』 フィリップ・K・ディック 【読書感想・あらすじ】
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あらすじ
二〇一三年七月二十六日、ドイツ上空で旅客機がハイジャックされた。テロリストがサッカースタジアムに旅客機を墜落させ、七万人の観客を殺害しようと目論んだのだ。しかし緊急発進した空軍少佐が独断で旅客機を撃墜する。乗客百六十四人を殺して七万人を救った彼は英雄か? 犯罪者か? 結論は一般人が審議に参加する参審裁判所に委ねられた。検察官の論告、弁護人の最終弁論ののちに、有罪と無罪、ふたとおりの判決が用意された衝撃の法廷劇。どちらの判決を下すかは、読んだあなたの決断次第。本屋大賞「翻訳小説部門」第一位『犯罪』のシーラッハが放つ最新作!
読書感想
個人的にいま最も熱いのが「フェルディナント・フォン・シーラッハ」である。
いや、これまでの読書歴においてナンバーワンであるといっても過言ではない。
どのぐらいハマっているかはこちらの記事に書き散らしているのでもし興味があればぜひ読んでほしい。
ドイツの人気ミステリ作家「フェルディナント・フォン・シーラッハ」のススメ | neputa note
シーシーラッハー、シーラッハー!みなさん、「シーラッハ」してますか?そう、「フェルディナント・フォン・シーラッハ」とは、日本で2011年に作品が発表され翌年の本屋大賞をキッカケに大注目されたドイツの小
全作を読破しよう!とデビュー作から読み進め、そして本作『テロ』である。
硬質かつ簡潔な文体が特徴のシーラッハ作品であるが、本作においてはとうとう小説という殻すらも脱ぎ捨て、「戯曲」。
事実のみを淡々と積み上げ読者を圧倒するシーラッハ文学は、小説という体裁すらも余計だったのかもしれない。
内容は、上記に転載したあらすじのとおり、裁判劇である。
自由主義を掲げるいわゆる西側諸国の憲法には人間の尊厳をもっとも尊重すべきものとして掲げている。
日本も同様に「基本的人権の尊重」について憲法に書かれているとみなが学生時代に学ぶ。
百六十四人の乗客を乗せた旅客機が七万人の観客がいるスタジアムに突っ込む、この状況で人間の尊厳をもっとも尊重すべきとする我々はどうすればよいか。
人間の尊厳に重きを置くが故に生じる矛盾を突くのが現代のテロである。
思考ゲームのようではあるが、911を知る私たちにとって、これは仮定とは言い切ることができない。
自由主義の国で暮らす私たちはシーラッハが投げかけたこの問いを避けることはできず、苦しみながら長い時間をかけて向き合っていかなければならないのだろう。
あらすじにある通り、本書の結末は二篇用意されている。
「有罪判決」と「無罪判決」である。
ちなみに、本書の装丁は表面が「黒」、裏面が「白」である。
実際に読んでみると、どちらの判決も起こりえると強く納得してしまう。
その時の参審者の顔ぶれや、裁判のタイミングの世相などでとちらに転んでもおかしくはない。
憲法には、人間の尊厳をもっとも尊重すべき、と答えがあるハズなのに、我々は、この問いに普遍なる解を返すことができないのだ。
先人たちが「法」や「人権」を発明し、人類は日々進化し続けているはずだが、本作によってまだまだ途上であることを思い知らされる。
ここまで、自由主義の国では……とわざわざ注釈的に記載しているには理由がある。
ちょうどロシアがウクライナに侵攻したタイミングで本作を読んでいたからだ。
本作品は、あくまで自由主義を良いモノと考える人々にとって難問であり、この世界は自由主義を良しとしない人々も同じかそれ以上にいるわけだよな。
アメリカが中東に押し売りした自由主義は、時を経て現地の人々によって取り除かれた。
そういえば、この世界には差別したい人々が数多くいることを、アメリカでトランプ大統領が誕生したときに気づかされたのだった。
だいぶ脱線した。
シーラッハの『禁忌』という作品に、「法とモラルがちがうように、真実と現実も別物だ」という言葉がある。
ひとつの現実の出来事に対し、それと相対した人の数だけ異なった真実が生じるといった意味だろうと私は解釈している。
世界はひとつではないし、それを構成する人もひとりひとり違う。が故に問題は常である。
とはいえ、人類は直面した問いに対し解を導き出すことを重ねて現代までたどり着いたのだ。
そして、その結果は人類全体がより良い方向へと向かうものであるのだと信じたい。
そう信じて、本作が立てた問いへの解について考え続けたい。
舞台版『テロ』
本作は戯曲であり、世界各国で舞台化されている。
日本では2018年に公演があった。
上演において、観客が有罪・無罪の票を投じるという興味深い演出が行われたそうだ。
この演出は、日本だけでなく各国で行われており、その投票の結果が公式サイトに掲示されている。
TERROR テロ | PARCO STAGE -パルコステージ-
TERROR テロ の作品ページです。
西側諸国およびイスラエルにおいてはハッキリと無罪の結果が出たようだが、日本での公演においては割れている。
再演は無いのだろうか、ぜひ観てみたかった。
著者・訳者について
フェルディナント・フォン・シーラッハ
Ferdinand von Schirach
1946年ドイツ、ミュンヘン生まれ。ナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハの孫。1994年からベルリンで刑事事件弁護士として活躍する。デビュー作である『犯罪』(2009)が本国でクライスト賞、日本で2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位を受賞した。2010年に『罪悪』を、2011年に初長篇となる『コリーニ事件』、2012年に短篇集『カールの降誕祭』、2013年に長篇第二作『禁忌』を刊行。初の戯曲でありテロを題材にした本書は刊行直後からドイツで大激論を巻き起こし、ドイツ語圏の30カ所以上の劇場で別演出で上演され、映像化も予定されている。 http://www.schirach.de/
酒寄進一 Shinichi Sakayori
1958年生まれ。ドイツ文学翻訳家。上智大学、ケルン大学、ミュンスター大学に学び、新潟大学講師を経て和光大学教授。イーザウ「ネシャン・サーガ」シリーズ、ブレヒト『三文オペラ』、ヴェデキント『春のめざめー子どもたちの悲劇』、フォン・ハルボウ『新訳メトロポリス』、フォン・シーラッハ『犯罪』『罪悪』『コリーニ事件』『禁忌』『カールの降誕祭』他訳書多数。
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ドイツの人気ミステリ作家「フェルディナント・フォン・シーラッハ」のススメ | neputa note
シーシーラッハー、シーラッハー!みなさん、「シーラッハ」してますか?そう、「フェルディナント・フォン・シーラッハ」とは、日本で2011年に作品が発表され翌年の本屋大賞をキッカケに大注目されたドイツの小
【読書感想】 人形遣い 事件分析官アーベル&クリスト | neputa note
人形遣い 事件分析官アーベル&クリスト (ライナー・レフラー) のあらすじと感想。ドイツ、ケルンで続く猟奇殺人事件。被害者はいずれも腕や脚など、体の一部や内臓が失われていたため、〈解体屋〉事件と名づ
Netflix オリジナルドラマ『クリミナル(全4編)』のススメ ~取調室を舞台に繰り広げる犯罪ミステリ~ | neputa note
作品構成はイギリス編、ドイツ編、フランス編、スペイン編と4カ国版があります。各編3~4話ほどなので、あっという間に一気見できるのではないでしょうか。「リミテッドエディション」として登場した本作ですが、
『一〇〇年前の世界一周』 アベグ・ワルデマール 【読書感想・あらすじ】 | neputa note
一〇〇年前の世界一周 (日経ナショナルジオグラフィック社) アベグ・ワルデマール あらすじと感想。世界は広い、そして各地ごとに多様な文化と暮らしがある。昨今はネットで容易に世界の様子を知った気分にな
『テロ』 フェルディナント・フォン・シーラッハ 【読書感想・あらすじ】
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あらすじ
安楽死事件を起こして離島にとばされてきた女医の美和と、オリンピック予選の大舞台から転落した元競泳選手の昴。月明かりの晩、よるべなさだけを持ち寄って躰を重ねる男と女は、まるで夜の海に漂うくらげ――。同じ頃、美和の同級生の鈴音は余命宣告を受けていて……どうしようもない淋しさにひりつく心。人肌のぬくもりにいっときの慰めを求め、切実に生きようともがく人々に温かなまなざしを投げかける、再生の物語。
読書感想
北海道が舞台の短編連作。
「柿崎美和」、「滝澤鈴音」は二人とも医師であり、高校時代からの友人でもある。
彼女たちを中心に、各編ごとに主人公が入れ替わりながら物語は進んでいく。
鈴音は優等生としての人生を歩み、大病を患い人生の岐路にぶつかる。
美和は周囲の風評をものともしないトラブルメーカーだが頼もしい人物である。
十六夜
冒頭の「十六夜」は、美和の強烈なキャラクターを印象付ける物語。
美和と「すばる」を覚えておこう。
ワンダフル・ライフ
続く「ワンダフル・ライフ」は、「ワンダフル」という言葉をどうとらえてよいか非常に悩ましい、鈴音の物語。
美和は単純とまではいかないが、言動一致によるわかりやすさがあるが、鈴音は生き方がなかなかに複雑である。
大病を患った鈴音が頼ったのは親友の美和ともう一人、元夫の「拓郎」であった。
おでん
「おでん」は、彼女たちから少し距離がある人物、同じ町内の本屋の店長「佐藤亮太」と、本屋の元アルバイト「坂木詩緒」の物語。
あまりに悲しい恋愛ストーリーのようだがはてさて。最後に本作における彼らの関係位置がわかる。
ラッキーカラー
「ラッキーカラー」は、両親の町病院を継いだ鈴音を支えるベテラン看護師「浦田寿美子」の物語。
ひとつ前の「おでん」と同様、恋愛ストーリー。
恋愛小説は苦手で普段あまり読むことが無いのだが、この二編は非常にやきもきハラハラしながら夢中で読んでしまった。
浦田と彼女が世話をした元患者の「赤沢邦夫」の恋の行方は如何に。
感傷主義
「感傷主義」は、美和と鈴音の同級生である「八木浩一」の物語。
美和と鈴音と同じく医師を目指した彼は、高校時代に挫折しレントゲン技師としての道へと進む。
優秀な二人を前にコンプレックスや複雑な感情を抱えながら生きる姿は胸にくるものがある。
ワン・モア
ラストは本書のタイトルでもある「ワン・モア」。
この「ワン・モア」に至るまでの五編で五組の男女が登場する。
そして、本作の後半に差し掛かる「ラッキーカラー」では、鈴音が飼っている犬が五匹の子犬を出産するシーンがある。
この五匹の子犬たちは五編の物語と対となっており、その意味するところは子犬につけられた名前で表現されている。
物語の構成でも楽しませてくれる。
まとめ
主に命の行方、恋の行方にハラハラさせられる。
最後の方は、かなりビビりながらページをめくり、薄目で文字を追っていき、思わず声が出るみたいなのを繰り返していた。
とにかく登場人物たちの感情が刺さる。彼女たちの悲しみは私の胸を引き裂き、喜びは私の胸を幸福で満たしてくれる。
昨今の不安定な状況下における私の心理状態がそうさせたのか、いやこれは著者である桜木紫乃氏の力だ。
説明は無い。著者は、人物たちのごく自然な会話や所作を描写することで紙面に感情を浮かび上がらせる。
本作は、主要人物たちが夢を追っていた学生時代から、人生の苦楽が積み重なる大人になるまでの期間を描いている。
そして、物語を通じて「人生には何が待っているか分からないから生きていく価値はある」と思わせてくれる。
できることなら学生時代に読みたかったし、大人になったいま読み返したい作品だった。
若い方にはぜひ今すぐ読んでほしいし、大人の方には私と同じ歯がゆさを味わってほしい。
ストーリーも構成も登場人物も表現もすべてが素晴らしい一作だ。
著者について
桜木紫乃(さくらぎ しの)
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。07年、初の単行本『氷平線』が新聞書評等で絶賛される。11年刊行の『ラブレス』で13年、島清恋愛文学賞受賞。同年、『ホテルローヤル』で直木賞受賞。その他の著書に『風葬』『凍原』『硝子の葦』『誰もいない夜に咲く』『起終点駅(ターミナル)』『無垢の領域』『蛇行する月』『星々たち』『ブルース』等がある。
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