『土の中の子供』 中村文則 【読書感想・あらすじ】
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あらすじ
27歳のタクシードライバーをいまも脅かすのは、親に捨てられ、孤児として日常的に虐待された日々の記憶。理不尽に引きこまれる被虐体験に、生との健全な距離を見失った「私」は、自身の半生を呪い持てあましながらも、暴力に乱された精神の暗部にかすかな生の核心をさぐる。人間の業と希望を正面から追求し、賞賛を集めた新世代の芥川賞受賞作。著者初の短篇「蜘蛛の声」を併録。
読書感想
もう何度目かわからないが再びこの作品を読んだ。人生を生きることは川を渡ること、そんな言葉を耳にしたことがある。しかし、目の前の川の深さがわからないとき、臆病な私はその場に立ちすくむしかなく、人生のもっとも深い底の部分を確かめる行為を促してくれるのが本書であったりする。
内容は、タクシー運転手をしている27歳の青年の一人称(私)による語りである。幼いころ両親に捨てられた彼は、預けられた先で激しい暴力を伴う虐待を受け続け、やがて山中に埋められる。産みの親たちから暴力を受けていたかは語られていないためわからない。
その後生き延びるも、彼は暴力にその身を晒し続ける。そして暴力を受けることによって生じた恐怖を意識の中で捉え続けようとする。
冒頭ではバイクに跨った連中に半殺しの目に合う。彼らに吸い殻を投げつけたからだ。タクシー強盗に遭い首を絞められ死を覚悟する。
彼は自殺願望者ではない。無気力で無抵抗であるようだが、彼にははっきりとした意思がある。幼い日に山中の土に埋められたとき、タクシー強盗の男に首を絞められたとき、彼は抵抗し命が続くように肉体を動かす。
自分に根づいていた恐怖を克服するために、他人が見れば眉をひそめるような方法ではあったが、恐怖をつくり出してそれを乗り越えようとした、私なりの、抵抗だったのではないだろうか。
タクシー強盗の太ももにボールペンを突き刺して抵抗し、暴力を乗り越えた彼は、タクシーを凄まじい速度で走らせ、急カーブの先にある白いガードレールに突っ込んでいく中で暖かな光を感じ、恐怖を克服する。
かつて施設で世話になった恩師が父親に会うことを勧めるが、「僕は、土の中から生まれたんですよ」と言い、だから両親はいないのだと言い、会うことを断って街の中へと歩いて行く。彼が言う自分が生まれた場所、その土に埋められていたとき彼は、土と同化するイメージを持ち、安らかな死を意識するのだが、意思を持って這い出る。彼は生まれてきたことに意思を感じているのである。
彼は幾度も恐怖の淵に立つも、説明がなされない意思によって命が終わることを拒否する。ここまで何度も「意思」という言葉を記したが、死の淵で、恐怖の淵で立ち上ってくるそれが何であるかは、結局のところ最後まで説明がなされずそのままである。
それが何であるかを考えることが、私には生きていくためにどうしても必要なことであり、そのために本書を再び手に取ることになる。
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著者について
1977(昭和52)年、愛知県生れ。福島大学行政社会学部卒業。2002(平成14)年、「銃」で新潮新人賞受賞。同作は芥川賞候補にもなった。’04年、「遮光」で野間文芸新人賞受賞。
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