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『孤高の人』 新田次郎 【あらすじ・感想】

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あらすじ

昭和初期、ヒマラヤ征服の夢を秘め、限られた裕福な人々だけのものであった登山界に、社会人登山家としての道を開拓しながら日本アルプスの山々を、ひとり疾風のように踏破していった”単独行の加藤文太郎”。その強烈な意志と個性により、仕事においても独力で道を切り開き、高等小学校卒業の学歴で造船技師にまで昇格した加藤文太郎の、交錯する愛と孤独の青春を描く長編。 — 本書より引用

読書感想

本書は「加藤文太郎」という大正から昭和の最初にかけて実在した兵庫県浜坂出身の登山家をモデルとした小説である。日本社会がだんだんと暗くなっていく時代の情勢を織り交ぜながら不世出の登山家の一生を描いている。

寡黙でその不器用さゆえ、他者に誤解を抱かせることが多く常に孤独に追いやられてしまう。しかし強烈な意思を持ち、より困難な山行に向けて自らを追い込む日々を過ごす。

しかしその孤独な姿は何かを打ち捨てて山へと向かうわけではなく、山に向かう度、成長し日本の山岳会を騒がすほどに輝かしい。強いて犠牲にしたものがあるとするならば、それは人並みの青春時代であろうか。

著者が描いた加藤文太郎にすっかり魅せられてしまった。短いながらも駆け抜けるように山に賭けて生き抜いたその姿、そして注意深く周到に一切の妥協を排して真っ直ぐに山と向き合う姿勢に大きな感動を抱いた。また不器用に過ぎる彼の性格は思わず抱きしめたくなるほどに愛おしくもある。

登山家に限らず何かを極め抜いた人物は、万物を超えた輝きを放っているように思う。

加藤文太郎をもっと知りたい、彼が生きた抜いた痕跡に触れたいという思いが大きくなり、彼が残した記録「単独行」は近いうちにぜひとも読んでみようと思う。そして彼の故郷浜坂を訪れ墓参りをする予定を立てよう。

歴史や実在の人物を元にした「小説」を読む際には十分に気をつけていることがある。それは、事実の記録ではなく、あくまで「小説」を読んでいるのだと意識することだ。

この類の本を読んだ後は、あまりに評価が低く描かれている人物や、美化されすぎていないかと感じた部分について調べることが多い。本書についても調べるとさまざまな指摘が散見された。

ネット上で知ったのだが「不撓不屈の岳人加藤文太郎の追憶」という古書において、新田次郎氏は執筆にあたり加藤文太郎氏の花子夫人より実名小説をお願いされたことを「一本釘を打ち込まれた」と表現し、そのことが「最後まで筆を押さえつけた」と述べているそうだ。(参考サイト:一度だけ会った人

ということは、著者は元々加藤文太郎をモデルとしたあくまで「小説」を書くつもりであったのだと理解することができる。

事実を元にした話を書くということは本当に難しいのだろう。

人間はそれぞれ異なる人生観を抱いて異なる生き方をしている。たとえ名の知れた人物のことであったとしても、その生涯を提示された皆がすべてを理解できるかと言えば難しいように思う。

しかし実名という現実にリンクしてしまっている以上、できることは限られてしまうのだろう。実際に加藤氏のまわりにいた人物の名前や実際にとった行動を変えたりすることは、著者が抱く加藤文太郎という人物像を読者により深く伝えようとする手段として、あえて選んだ手法であると私は理解している。

著者について

1912(明治45)年、長野県上諏訪生れ。無線電信講習所(現在の電気通信大学)を卒業後、中央気象台に就職し、富士山測候所勤務等を経験する。‘56(昭和31)年『強力伝』で直木賞を受賞。『縦走路』『孤高の人』『八甲田山死の彷徨』など山岳小説の分野を開く。次いで歴史小説にも力を注ぎ、‘74年『武田信玄』等で吉川英治文学賞を受ける。‘80年、心筋梗塞で急逝。没後、その遺志により新田次郎文学賞が設けられた。実際の出来事を下敷きに、我欲・偏執等人間の本質を深く掘り下げたドラマチックな作風で時代を超えて読み継がれている。 — 本書より引用

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