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『アルピニズムと死』 山野井泰史 【あらすじ・感想】

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あらすじ

日本を代表するアルパインクライマー、山野井泰史が考える「山での死」とアルパインクライミング。かつて「天国に一番近いクライマー」と呼ばれた男はなぜ、今も登り続けていられるのか。「より高く、より困難」なクライミングを志向するアルパインクライマーは、突き詰めていけば限りなく「死の領域」に近づいてゆく。そんななかで、かつて「天国にいちばん近いクライマー」と呼ばれていた山野井泰史は、山での幾多の危機を乗り越えて生きながらえてきた。過去30年の登山経験のなかで、山で命を落とした仲間たちの事例と自らの生還体験を1冊にまとめ、山での生と死を分けたものはいったい何だったのか、を語る。『垂直の記憶』に続く、山野井泰史、待望の書き下ろし第二弾! — 本書より引用

読書感想

これまで遭難に関わる読みものを読んできた中において、生命の危機に陥ると人は身体よりもまず精神が先にやられてしまい、やがて肉体的な死にいたるケースが多いのだと知る。

かつて「天国にいちばん近いクライマー」と呼ばれ、激しいクライミングを繰り返してきた著者がなぜ生存できたのかと言えば、どんな危機においても精神を維持できる理由があったからだと想像できる。

危機を回避する力というのは何も登山に限らずさまざまな場面で起こりうることであり、本書にはどんな局面においても常に冷静でありつづけ、肉体をコントルールし続けるヒントがあった。

その1つとしてまず感じたことは「己を知る」こと。

著者は自分の持つ体力・技術・経験値を冷静に把握する能力があり、そのうえで自分の限界を越える壁を見定めてから挑戦にいどむ。

自身の能力を遥かに越える挑戦はもはや無謀な行いであり、運まかせの要素を多分に含むものとなる。

2つ目に感じたのは「想像力」。

山へ向かう前に著者が行うイメージトレニングの様子が子細に記されている箇所がある。経験にもとづいたさまざまな場面を想定し、そこで自分がどう行動するかをいくつも頭のなかに浮かべているのがわかる。これを行うには、先に書いた「己を知る」ことが前提となるのだろう。想定される危険において自分がどう対応できるかは、実際の実力にもとづいたイメージでなければ意味をなさない。

そして3つ目は「気持ち」あるいは「思い」。

著者が子どもの頃から今日にいたるまで抱き続けてきた山に対する思い、そして心から登りたいと思える山にだけ登るというスタイルは、危機に陥った時そこを脱するための強固な精神を形成する上で重要な要素となっているように感じる。

以前読んだ山野井夫妻を描いたノンフィクション『凍(新潮文庫)著:沢木耕太郎』でも感じたことだが、著者の華麗な山行歴以上に、その生命体としての力強さに感動する。

『凍』 沢木耕太郎 【読書感想・あらすじ】

あらすじ 最強のクライマーとの呼び声も高い山野井泰史。世界的名声を得ながら、ストイックなほど厳しい登山を続けている彼が選んだのは、ヒマラヤの難峰ギャチュンカンだった。だが彼は、妻とともにその美しい氷壁に挑み始めたとき、二人を待ち受ける壮絶な闘いの結末を知るはずもなかった――。 絶望的状況下、究極の選

ギャチュンカンで多くの指を失い、かつてのような華麗なクライミングができなくなった後の心境をこのように記している。

このように運動する人間としては致命的にも見える状態ですが、うれしいことも多いのです。
そのひとつは、本来ならば肉体の衰えを感じ始める年齢に差し掛かっていたのに、一瞬で小さな子供のような弱い肉体になってしまったので、一般の人が嘆く、衰えを経験しなかったことです。
わずかずつですが、進歩していることが実感できる人生を再び味わえています。
これは、もしかすると幸運なことなのかもしれません。 — 本書より引用

悟りの境地を感じる。

4つ目は、この「適応能力」あるいは「順応性」ではなかろうか。

山での遭難などに限らず、人生における大きな危機においてもこのように乗り越えていける著者は不死身だと思う。

今も登り続けている著者をこれからも応援したい。

著者について

山野井泰史 やまのい・やすし/1965年東京生まれ。単独または少人数で、酸素ボンベを使用せずに難ルートから挑戦しつづける世界的なクライマー。10歳から登山を始め、高校卒業後、数々のクライミングを実践。1990年、フィッツ・ロイでの冬期単独初登攀を成功させる。1994年、チョ・オユー南西壁を単独初登攀。2000年にはK2の南南東リブを単独初登攀。2002年にはギャチュン・カン北壁登頂後、悪天候のなか奇跡的に生還する。凍傷のため手足の指を計10本失うが、2013年にアンデスのプスカントゥルパ東方南東壁を初登攀。著書に『垂直の記憶』(山と渓谷社)がある。 — 本書より引用

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