neputa note

『死刑台の微笑』 麻野涼 【あらすじ・感想】

初稿:

更新:

- 10 min read -

img of 『死刑台の微笑』 麻野涼 【あらすじ・感想】

あらすじ

三人の少年によって、ひとり娘を惨殺された母親は、娘の無念と悲しみを晴らすため、会社を辞して、地裁での意見陳述に全てを賭けた。地裁で、三人の裁判を傍聴し続けた母親は、娘を殺害した三人の凶行を知るにつけ、憎悪を増していった。死刑判決を望む被害者の母親に立ちはだかる、少年法。判決を有利へと導く加害者の弁護士と支援者たち。少年犯罪とその問題点を抉る社会派ミステリーの傑作!。 — 本書より引用

読書感想

「死刑制度」「少年法」、これらのテーマには偶然とは思うが一定周期ごとに直面する。

そのキッカケは実際に起きた事件であったり、フィクション、ノンフィクション作品などを通じてであったり。

少年法

事件のあらましは3人の少年が4人の罪のない人間を残忍極まりない方法で殺害したものである。少年たちはヤクザの事務所に属しており、殺害の動機はいずれも「ヤキをいれる」「死体遺棄を見られた気がした」「金が足りなくなった」などだ。

娘を少年たちに殺害された母親の行動や心の動きを中心に物語が進んでいく。 夫を早くに亡くし女手一つで育て上げた娘を殺され人生が一変してしまった母親。

対して加害者は少年法の保護により詳しい情報が社会に知られることはないだけでなく、死刑反対派の支援者や人権派弁護士の手厚い支援を受ける。

現在はいくらか被害者遺族への対応の見直しがされるようになったと聞くが、いったん事件に巻き込まれると遺族たちの人生が崩壊していくことには変わりはないであろう。

加害者と被害者側それぞれが社会から受ける扱いを淡々と綴る文章が読み手にいくつもの問いを投げかけてくる。

死刑制度

裁判はひどいありさまである。

少年たちはそれぞれの弁護士の入れ知恵により狡猾に責任を押し付けあう答弁を繰り返し、事件の肝心な部分が一向に明らかにはならない。

彼らは死刑となる可能性があることを理解しており、そして恐れている。弁護士にとって死刑回避は大きな実績となる。

日本は数少ない死刑制度を持つ国である。遺族がもっとも重い形を加害者に望むことはその心情を思えば自然なことと思える。結果として死刑を求めることになる。

また、裁判で明らかになる事実から、少年たちが再び社会に戻れば次なる被害者が出ると予見できるため、読んでいても死刑は当然という気になってくる。

そして著者が実験のように挟みこんだ場面がある。

加害者支援に乗り出した人物が「自分は例え子どもを殺されても相手を許す」とメディアなどで発言を行うようになる。その人物の子どもが冤罪により自殺へと追い込まれ、遺族たちに対し「お前たちが殺った」と食ってかかる。

日頃どのような発言をしていようと子を失った親として自然な姿である。

大切な存在を理不尽に奪われた人間の心情は、どのような法制度のもとであろうと変わることはないのだと、メッセージが込められているように感じる。

決して許すことはできない感情がある。

死刑制度を持たない国は多くある。

私が暮らすこの国には死刑制度がある。

これらを踏まえ、当事者でなければわからない、と逃げてしまってはいけないと思いながら考えようとするのだが結論を出すことができずにいる。

復讐の是非

本作では遺族が実際に加害者に対する復讐をする。 少年法の保護の向こう側にいる加害者たちへ心理的に大きなダメージを与える。

そういえば「さまよう刃」という作品が娘を殺された父親が復讐をする話であった。

いずれも被害者遺族の行動を中心に描いているため、読んでいるうちに復讐は仕方がないことだと思う方に気持ちが動く。

本作でも触れているのだが、歴史をひもとけば過去の処刑は被害者感情に重きをおき残忍な方法を取られるものが多かったようだ。これは日本に限らずである。

やがて人権や平等意識の高まりから近代にかけ理性を重んじる制度へと変わることにより、結果として被害者は置き去られるようになってしまったとは思う。

少年法や死刑制度の是非と同じように被害者感情の位置づけというのも重く大切なことだと受け止めるのだが答えを見つけることができない。

ただ悩ましいだけで終わる予感

幸い私自身や身近なものが大きな事件に巻き込まれたことはない。

当事者にならないと分からないことがある一方、一市民として、何よりも自分自身のために考えようと試みるのだが結論を出せずにいる。

生きているあいだに同じ悩みをなんど繰り返し、遂にはどこにも辿りつけぬまま終わるのかもしれない。今回もまたそんな無力感に襲われながらページを閉じた。

著者について

麻野涼(あさの・りょう)
1950年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、ブラジルへ移住。サンパウロで発行されている日系紙パウリスタ新聞(現ニッケイ新聞)勤務を経て、78年帰国。以後、フリーライター。高橋幸春のペンネームでノンフィクションを執筆。87年、『カリブ海の《楽園》』(潮出版)で第6回潮ノンフィクション賞、91年に。『蒼氓の大地』(講談社)で第13回講談社ノンフィクション賞受賞。2000年に初の小説『天皇の船』(文藝春秋)を麻野涼のペンネームで上梓。『GENERIC ジェネリック』『誤審』(徳間書店)など著書多数。文芸社文庫『死の臓器』『死の刻』と精力的に書下ろしに挑戦している。 — 本書より引用

目次