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【読書感想】 幻の女 ウイリアム・アイリッシュ

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あらすじ

夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった……ただ一人街をさまよっていた男は、奇妙な帽子をかぶった女に出会った。彼は気晴らしにその女を誘ってレストランで食事をしカジノ座へ行き、酒を飲んで別れた。そして帰ってみると、喧嘩別れをして家に残してきた妻が彼のネクタイで絞殺されていたのだ!刻々と迫る死刑執行の日。唯一の目撃者”幻の女”はどこに? サスペンスの詩人の、不滅の名作!
――本書より引用

読書感想

1942年発表、古き良きミステリ作品である。
そしてあらすじの文章は、本編の冒頭の語りだ。

夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。
本書9ページより引用

時代がかった言い回しかもしれない。しかし2019年の現代において読み通してみても、決して色褪せることのない鮮烈さを感じる作品だった。

そして、これら独特の表現が物語を盛り上げてくれる。

愛のない結婚生活を終わらせ、真に愛すべき相手との人生を歩もうと目論む物語の主人公「スコット・ヘンダースン」。彼は妻との口論の末、夜の街へと繰り出し、偶然知り合った女性と食事と観劇を共にする。

家に帰ると、妻はヘンダースンのネクタイで絞殺されており、刑事たちに容疑者として取り調べられることとなる。

ヘンダースンは、彼女と出会ったバーテンや、レストランの給紙など、必死に刑事たちに当日のことを説明するが、いずれもヘンダースンを見た記憶はあるものの、なぜか女性の姿は見覚えが無いという。

彼女は確かにいたはずだ!

そうなると、唯一のアリバイを証明できるのは、あの晩に食事と観劇を共にした女性である。しかし名前も住所も知らず(互いに名乗らない約束だった)、なぜか顔さえも思い出すことができない。記憶にあるのは派手なオレンジ色の帽子を身に着けていたことと、道中でおきたいくつかの小さな出来事のみだ。

死刑宣告を受けたヘンダースンは、最も頼れる友人に、藁をもすがる思いで調査を依頼する。そして真実は驚くべき形で明らかとなる。

物語の筋としてはこのような具合だ。

ミステリ作品として大いに楽しめる作品であったが、もっとも大きな特徴として感じたのは、独特な言い回しによる描写だ。

ひそやかな、後ろめたい愛情ではあるが、不撓不屈の愛情でもあった。孤独なものの愛は、日一日と強さをまし、不滅の愛となるのである。
本書326ページより引用

彼女は気が遠くなりそうなほどの美人だった。度がすぎれば何でもおなじことだが、あまり美しすぎるために、それを見る人に歓びをあたえるといった要素が欠けていた。
本書328ページより引用

”時”というものは、どんな男やどんな女よりも大きな殺人者なのだ。ロンバートはそんなふうに思った。”時”こそ、けっして罰せられることのない殺人者なのだ。
本書370ページより引用

このような断片的な引用だけで雰囲気がうまく伝わるだろうか。

まだネオンが現代ほど明るくはない1940年代のニューヨークの世界に、ウイリアム・アイリッシュの特徴的な文章がぐいぐいと引き込んでくれる。

そして、どちらかと言えば、決して豊かではない暮らしぶりの登場人物が多いこの物語に、いくらかのユーモアを与えているようにも感じ、それが救いとなる。

ウイリアム・アイリッシュ作品は、もう一冊積読があるので近いうちに読んでみようと思う。

著者について

ウイリアム・アイリッシュ
1903年12月4日ニューヨークに生まれ、1968年9月25日ニューヨークのホテルに死す。コーネル・ウールリッチやジョージ・ハブリィ名義でも作品を発表し、本書や『黒衣の花嫁』『死者との結婚』などの長篇と二百以上の中短篇で多くの読者を魅了した。
――本書より引用

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