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『安楽病棟』帚木蓬生 ~安楽死を問う作品~【あらすじ・感想】

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『安楽病棟』あらすじ

深夜、引き出しに排尿する男性、お地蔵さんの帽子と前垂れを縫い続ける女性、気をつけの姿勢で寝る元近衛兵の男性、異食症で五百円硬貨がお腹に入ったままの女性、自分を23歳の独身だと思い込む女性…様々な症状の老人が暮らす痴呆病棟で起きた、相次ぐ患者の急死。理想の介護を実践する新任看護婦が気づいた衝撃の実験とは?終末期医療の現状と問題点を鮮やかに描くミステリー。 — 本書より引用

読書感想

ある痴呆病棟で暮らす老人達とその家族、そこで働く看護師、介護士、医師たちとの関わりを通じ、命や人生、敷いては終末期医療の多くの問題を語りかける物語。

痴呆といっても、ひとりひとりその症状は異なり、やはりそれぞれが長く生きてきた証がそこここに現れるのだという。

そのひとりひとりに合わせた介護、介助を行う看護師、介護士には頭がさがる。

看護師のひとりが「患者をケアすることで、自分自身もケアされている」と語った言葉が印象的であった。

死に行く者への関わり方というのを深く考えさせられる。

オランダでは30年以上にもわたり、医療行為として患者を死に至らしめる安楽死・積極死を行っているという。

現在、世界中で同時多発的に議論が行われ合法化に進む国も増えているという。

そのような中、先進国で最大規模の超高齢化社会に突入した日本では、議論はおろかタブー扱いを脱却するにも至っていない印象である。

医療を発展させれば人間の寿命は伸び、高齢者を多く抱える社会になることは免れない

それに対し、終末期をどうするかについては死を回避すること以上には注目されず立ち遅れているのであろう。

親が、そしていずれは自分も年老いる。

本作を読んでいると、終末期に社会とどう折り合うかという問題は、いつまでも先送りに出来ないことなのだと突きつけられる。

死の際まで生きた人を積極的に死なせるべきか否かについて、いくら考えてもわからない

思いは、個々の意思や身近な者達の状況により異なるであろう。

しかし、すべての個別の状況を制度化することは難しい。

自分ならどうであろうか、年老いるまでに、せめて自分自身ぐらいについては結論を出しておかなければと決心をする。

どこまでも真っ直ぐな主人公の看護師と、尊敬するも終末医療の暗部に踏み込む医師、それぞれの思いが、この重いテーマについていくつかの道を示しているように思う。

著者が本当に丹念にひとりひとりの患者、そして病棟スタッフとのかかわりを描いており、単純に終末医療問題を切る話とは大きく異る作品へと昇華させていると思う

大きな問題は無視できないが、ページをめくるごとに、じんわりと温かい気持ちにさせられる。

著者について

1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。現在は精神科医。1993(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞を受賞。1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞を受賞した。2011年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞を受賞。2012年『蠅の帝国―軍医たちの黙示録―』『蛍の航跡―軍医たちの黙示録―』の2部作で日本医療小説大賞を受賞する。『臓器農場』『ヒトラーの防具』『安楽病棟』『国銅』『空山』『アフリカの蹄』『エンブリオ』『千日紅の恋人』『受命』『聖灰の暗号』『インターセックス』『風花病棟』『日御子』『移された顔』など著作多数。 — 本書より引用

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