『安楽病棟』 帚木蓬生 ~安楽死を問う作品~【読書感想・あらすじ】

2014/11/29

目次 [隠す]

安楽病棟 装丁

『安楽病棟』あらすじ

深夜、引き出しに排尿する男性、お地蔵さんの帽子と前垂れを縫い続ける女性、気をつけの姿勢で寝る元近衛兵の男性、異食症で五百円硬貨がお腹に入ったままの女性、自分を23歳の独身だと思い込む女性…様々な症状の老人が暮らす痴呆病棟で起きた、相次ぐ患者の急死。理想の介護を実践する新任看護婦が気づいた衝撃の実験とは?終末期医療の現状と問題点を鮮やかに描くミステリー。
――本書より引用

読書感想

ある痴呆病棟で暮らす老人達とその家族、そこで働く看護師、介護士、医師たちとの関わりを通じ、命とは、人生とは、そして終末期医療の多くの問題を語りかける物語。

痴呆といっても、ひとりひとりその症状は異なり、やはりそれぞれが長く生きてきた証がそこここに現れるのだという。

そのひとりひとりに合わせた介護、介助を行う看護師、介護士には頭がさがる。

看護師のひとりが「患者をケアすることで、自分自身もケアされている」と語った言葉が印象的であった。

死に行く者への関わり方というのを深く考えさせられる。

オランダでは30年以上にもわたり、医療行為として患者を死に至らしめる安楽死・積極死を行っているという。

現在、世界中で同時多発的に議論が行われ合法化に進む国も増えているという。

そのような中、先進国で最大規模の超高齢化社会に突入した日本では、議論はおろかタブー扱いを脱却するにも至っていない印象である。

医療を発展させれば人間の寿命は伸び、高齢者を多く抱える社会になることは免れない

それに対し、終末期をどうするかについては死を回避すること以上には注目されず立ち遅れているのであろう。

親が、そしていずれは自分も年老いる。

本作を読んでいると、終末期に社会とどう折り合うかという問題は、いつまでも先送りに出来ないことなのだと突きつけられる。

死の際まで生きた人を積極的に死なせるべきか否かについて、いくら考えてもわからない

思いは、個々の意思や身近な者達の状況により異なるであろう。

しかし、すべての個別の状況を制度化することは難しい。

自分ならどうであろうか、年老いるまでに、せめて自分自身ぐらいについては結論を出しておかなければと決心をする。

どこまでも真っ直ぐな主人公の看護師と、尊敬するも終末医療の暗部に踏み込む医師、それぞれの思いが、この重いテーマについていくつかの道を示しているように思う。

著者が本当に丹念に、大切に、ひとりひとりの患者、そして病棟スタッフとのかかわりを描いており、単純に終末医療問題を切る話とは大きく異る作品へと昇華させていると思う

大きな問題は無視できないが、ページをめくるごとに、じんわりと温かい気持ちにさせられる。


著者について

1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。現在は精神科医。1993(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞を受賞。1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞を受賞した。2011年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞を受賞。2012年『蠅の帝国―軍医たちの黙示録―』『蛍の航跡―軍医たちの黙示録―』の2部作で日本医療小説大賞を受賞する。『臓器農場』『ヒトラーの防具』『安楽病棟』『国銅』『空山』『アフリカの蹄』『エンブリオ』『千日紅の恋人』『受命』『聖灰の暗号』『インターセックス』『風花病棟』『日御子』『移された顔』など著作多数。
――本書より引用

「帚木蓬生」作品の記事

『閉鎖病棟』 帚木蓬生 ~二度に渡り映像化された名作~ 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件 だった……。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?

blog card

【読書感想】 白い夏の墓標 帚木蓬生 | neputa note

あらすじ パリで開かれた肝炎ウィルス国際会議に出席した佐伯教授は、アメリカ陸軍微生物研究所のベルナールと名乗る見知らぬ老紳士の訪問を受けた。かつて仙台で机を並べ、その後アメリカ留学中に事故死した親友黒

blog card

『薔薇窓の闇』 帚木蓬生 ~人間らしさを貫く医師の物語~ 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

薔薇窓 (帚木蓬生) のあらすじと感想。パリ警視庁特別医務室に勤務する精神科医のラセーグは、犯罪者や保護された者を診断する毎日。折しもパリでは万国博覧会が開催され、にぎわうが、見物客の女性が行方不明

blog card

【読書感想】 風花病棟 帚木蓬生 | neputa note

あらすじ 乳癌と闘いながら、懸命に仕事を続ける、泣き虫先生(「雨に濡れて」)。診療所を守っていた父を亡くし、寂れゆく故郷を久々に訪れた勤務医(「百日紅」)。三十年間地域で頼りにされてきたクリニックを、

blog card

【読書感想】 水神 帚木蓬生 | neputa note

あらすじ 目の前を悠然と流れる筑後川。だが台地に住む百姓にその恵みは届かず、人力で愚直に汲み続けるしかない。助左衛門は歳月をかけて地形を足で確かめながら、この大河を堰止め、稲田の渇水に苦しむ村に水を

blog card