『東北を聴く 民謡の原点を訪ねて』 佐々木幹郎 【読書感想・あらすじ】

2015/04/17

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あらすじ

「牛方節」「斎太郎節」「新相馬節」……。土地に生まれて根づいた唄に、人々はどんな思いを込めてきたのか。時代を経て人々に口ずさまれる中で、唄はどのような変容をとげてきたのか。詩人が、津軽三味線の二代目高橋竹山とともに、東日本大震災の直後に被災地の村々を行脚した稀有な旅の記録。
――本書より引用

読書感想

本書は東日本大震災が起こった年の晩夏以降、著者が二代目高橋竹山と共に当地を巡り、被災者の声を聴き、唄を届け、そして民謡のルーツを辿った旅の記録である。

初代高橋竹山に関する昭和八年に被災した「昭和三陸地震」の話や散りばめられたその他エピソードも興味深い。

また本書には多くの東北民謡が登場する。唄の歌詞やお二人が探り当てた唄のルーツが丁寧でわかりやすい文章で紹介されており、普段民謡に馴染みがない者でもすんなりと入っていける内容となっている。

「東北を聴く」と題し民謡の原点に迫った本作であるが、読んでいる間、広く「音楽」という括りで考えた場合、その価値とは何であるかを考えていた。

心を震わすメロディー、胸を打つ歌詞、迫力ある演奏など音楽には様々な魅力があるが、今回、本書を通じて新たに認識したそれは「うたい継ぐ」ことである。

曲や歌詞そのものの価値も十分大きいのだが、時代や唄う人に合わせ緩やかに変化しつつ、次の世代、次の時代へと「うたい継ぐ」ことの意味は大きい。

商業音楽においても「カバー」や「トリビュート」などの形で行われていることだが、民謡においてそれはもっと身近であり、そして、そこでは唄だけでなく歴史や文化、生活に関する多くが受け継がれていく。

「うたい継ぐ」行為を身近なレベルで自然に行うことが可能である「民謡」のすごさよ。

これは恐らく世界中の民俗音楽に共通したことであろう。

この「うたい継ぐ」ことの価値を大きく感じ、本書が東日本大震災後の行脚であったことを振り返ると、これまで私の中に答えを持たなかったことの一つが明確になった。

それは「原発」についてである。私はその恩恵が大きかった東京で長く暮らしてきた身であり、国家のエネルギー政策を論じる程の知識も持っておらず、どうあるべきかについて考えは皆無であった。

本書では福島の民謡やそのルーツについても多く記されている。

三陸沖では昔から大地震が起きていた記録が残っており(Wikipedia 三陸沖地震)、その度毎に東北の人たちはその土地を復興し今日まで歴史を継いできたのだが、3.11により決して小さくはないエリアでそれが絶たれてしまった。

散り散りになった人々を通じて福島の民謡はうたい継がれていくことだろう。

しかし、唄が生まれたその土地でうたい継ぐことは不可能である。

人為的に歴史を断つ可能性がある行為は改めるべきだ、というのが今の気持ちである。

当然、ではどうするかの答えを考える責務が次世代に対し生じることを肝に銘じての上で。

話は変わるが、著者と二代目高橋竹山が「牛方節」を辿って岩手県の「いわて沼宮内駅」に降り立つくだりがある。

ミーハーで気恥ずかしいが、そこは父の実家の最寄り駅で、新幹線が通る以前から度々訪れている場所でもあり嬉しい気持ちになった。

父方の長兄は定年後に三味線と唄を始め、父もその昔渋谷に初代高橋竹山の演奏会に足を運ぶなど、彼らは民謡を身近に感じる人々である。

彼らが育ったその土地に知られた民謡曲のルーツがあると、本書を通じて知ることができたのもまた感慨深い。本書は東北の唄を「うたい継ぐ」一冊だと言えよう。

著者と登場人物について

佐々木幹郎

1947年奈良県生まれ。詩人。同志社大学文学部中退。詩集『蜂蜜採り』(書肆山田、高見順賞)『明日』(思潮社、萩原朔太郎賞)など。著書『中原中也』(筑摩書房、サントリー学芸賞)『アジア海道紀行』(みすず書房、読売文学賞 随筆・紀行賞)ほか
――本書より引用

二代目高橋竹山

幼少の頃に三味線に出会い、11才で稽古を始める。 17才の時、津軽三味線奏者の初代・高橋竹山のレコードを聴いたのがきっかけとなり、18才で竹山の内弟子となる。
三味線のみならず、名人とうたわれた成田雲竹の格調高い津軽民謡も師・竹山から学びながら、高橋竹与(ちくよ)の名で師・竹山と共に舞台に立つ。
基本を大切にしながら民謡にこだわらず、様々なジャンルの演奏家たちと共演して活動の場を広げ独自の音楽表現を模索。伝統にモダンな現代感覚と女性らしい繊細さを盛り込んで、全国各地をまわり演奏活動を続ける。
初代高橋竹山
明治43年(1910)6月、青森県東津軽郡中平内村(現・平内町)字小湊で生まれる。本名定蔵。幼いころ麻疹をこじらせ半ば失明する。近在のボサマから三味線と唄を習って東北近県を門付けして歩いた。
昭和19年(1944)、青森県立八戸盲唖学校に入学し、鍼灸・マッサージの免状を取得。
戦後は「津軽民謡の神様」と言われた成田雲竹の伴奏者として各地を興行、竹山を名乗る。この間、「りんご節」「鰺ヶ沢甚句」「十三の砂山」等、数々の津軽民謡を新たに三味線曲として編曲した。
昭和39年に独立、津軽三味線の独奏という芸域を切り開き、全国に竹山ブームを巻き起こす。
昭和50年、第9回吉川英治文化賞、第12回点字毎日文化賞を受賞。
昭和58年には勲四等瑞宝章を受ける。
平成10年(1998)2月5日、喉頭ガンのため死去。
戒名「風雪院調絃竹山居士」。

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