『神さまたちの遊ぶ庭』 宮下奈都 【読書感想・あらすじ】

2015/05/01

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あらすじ

北海道を愛する夫の希望で、福井からトムラウシに移り住んだ宮下家五人。TSUTAYAまで60キロ、最寄りのスーパーまで37キロ。「誰が晩のおかずの買い物をするのかしら」。小中学生あわせて15名の学校には、元気満々曲者ぞろいの先生たち。ジャージで通学、テストも宿題もないけれど、毎日が冒険、行事は盛り沢山。大人も子供も本気の本気、思いきり楽しむ山での暮らし。大自然に抱かれた宮下家一年間の記録。
――本書より引用

読書感想

夫と三人の子供と福井県で暮らす著者は、一年間限定で北海道に移住する。理由は「北海道の雄大さを感じられる場所で暮らしたい」という夫の希望によるもので、しかも現地に仕事も見つかりいざというタイミングで、この夫はこう言ってのける。
「せっかく北海道へ行くなら、大自然の中で暮らさないか」
――本書より引用

うむ、非常に自由だ。そうなると生活は非常に不便であり、山奥となると自然条件も非常に厳しく、子供たちにおいては通学など学校条件といった影響もあるのだが、「いいね」「おもしろそう」「どうせなら、そういうところで暮らしてみたい」、この家族には防波堤が存在しない。

唐突に変更となり彼らが向かう先は、大雪山国立公園の中にある「トムラウシ」という集落で、「カムイミンタラ」、アイヌ語で「神々の遊ぶ庭」と呼ばれるほど素晴らしい景色に恵まれた土地なのだという。

ただし、テレビ難視聴地域の豪雪地帯、学校は僻地五級指定、一番近いスーパーは山道を下って三十七キロ。

夫の情熱を理由に移住を決断できる家族、ちょっと想像がつかない。しかし本書は著者が家族と実際に「トムラウシ」で過ごした一年間を記録した日記調のエッセイであり、事実彼らは一年間を山奥で過ごしたのだ。

この一家全員から何者にも束縛されない自由さを感じ取ることができる。このフリーダム宮下ファミリーを簡単に記す。

著者
心身に病を抱えるも作家として、母として奮闘し、家族や山で暮らす人々、「トムラウシ」の自然の姿を鮮やかに描く。家族の中では(あくまで宮下一家基準だが)一番常識がある。


自分の希望で移住を言い、しかも途中で更に大自然へと希望し、仕事は有耶無耶にと、どこまでも自由人だが、彼の自由さは子供たちに良い影響を大きく与えているように思われる。

長男(仮名:ヒロト)
一番上の子のせいか、「トムラウシ」唯一の中学三年のせいか、もっとも目立つ存在。そもそも一年限定の滞在というのも、「トムラウシ」には高校が無いため、長男が中学を卒業するまでというのが理由である。立派に卒業を果たす彼の物語は本書の大きなハイライトと言えよう。

次男(仮名:漆黒の翼、あるいは英国紳士、あるいはボギー)
次男は掲載にあたり実名はこまるからと仮名を申し出る。

「漆黒の翼」
「え?」
「だから、仮名。『漆黒の翼』にして」
――本書より引用

次男は十二歳、そうだな、厨二全開だな。

ちなみに次男は実際に連載を知って己の過ちに気づいたのか、「英国紳士」に改名したいと更なる過ちをおかす。しかし、学校で「ボギー」とアダ名を付けられ、後半は「ボギー」に表記が統一され無念な男である。

長女(仮名:きなこ)
兄妹のなかでは一番下の九歳、とてものんびりとして大らかな性格が愛らしく、著者との微笑ましいやり取りがいくつも登場し、ほっこりさせられる。

「どうして?ヘリーで行くって言ってたじゃない。これ、飛ぶの?」
ヘリじゃなくて、フェリーだ。
――本書より引用

「ヘリー」、どんなものなのか、是非とも一度乗ってみたい。

読み進めるごとに「トムラウシ」が本当に素敵な場所なのだと感じさせられる。子供たちが通う学校も、少人数とは言え充実した日々に思える。

運動会で校長と教頭の足が驚くほど早いとか、授業参加後の懇親会で校長が手打ちそばを振る舞うとか、クリスマス会でバンド演奏を決める教師とか、何とも楽しそうな学校である。本気で楽しみ、楽しむ姿を子供たちに晒す先生たちはとても素敵だ。本気を出す大人が身近にいるって素晴らしい。

カッコイイ大人がいることは、子供たちにとってすごく大切なことだなと、つくづく感じた。

やがて自分たちがなるであろう大人の姿が、保身的で息の詰まるような生き方しか見せられないとしたら、それは夢も希望も持てなくてあたり前だと、「トムラウシ」の大人たちは教えてくれる。

宮下一家の一年間に触れて感じたことは、何か大きく思い切ったことを希望するとき、それを成し遂げるためにもっとも必要なことは時間やお金といったことよりも底の次元にあり、それを持ち合わせていないがために現実的なあれこれを障害と感じてしまうのではないか、ということだった。

本書はさまざまな生き物たちが描かれたソフトカバーによる装丁で、私の手に柔らかな感触を与えてくれた。そしてその内容は生きることの暖かさと神さまたちが遊びに訪れるほどの美しい自然に満ち満ちている。


著者について

宮下 奈都(みやした なつ、1967年 - )は日本の小説家。福井県生まれ、福井県立高志高等学校、上智大学文学部哲学科卒業。2004年「静かな雨」で文學界新人賞佳作に入選してデビュー。
――本書より引用