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『虐殺器官』 伊藤計劃 【読書感想・あらすじ】

2016/06/27

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あらすじ

9.11以降の、"テロとの戦い"は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の影に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……彼の目的とは一体何か? 大量殺戮を引き起こす"虐殺器官"とは? ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化!
――本書より引用

読書感想

SF、そしてミステリとしても楽しめる作品

舞台設定は9.11以降の世界、実際の世界と同様、内戦や難民、格差と貧困など人類が抱える問題は変わらない。この現実世界をSFというラッピングで予見しうる未来へと時を進めた世界とも言える。

実際に核が使用され、核ミサイルで全人類が滅亡しないことが実証された世界。

ヒロシマ・ナガサキが唯一の被爆都市では無い世界。

もちろん「まだ」実現していないアイテムたちも登場する。

その世界では、AIを生み出すより、 完全に解析を終えた脳に刺激やマスキングを行い、既にある脳をコントロールする方が簡単だという点も興味深い。

そんな世界で次々に内戦を引き起こす男がいる。

その名はジョン・ポール。

その方法はタイトルにもなっている「虐殺器官」とは何か、内戦を引き起こす目的は何か、それらに迫っていくストーリーはミステリーとして楽しめる要素だ。

ジョン・ポールが言うには適者生存の世界において人間は言語を生み出す器官を脳の機能として生み出した。キリンの首が長くなったように。

そしてその脳に刻まれた言語フォーマットの中に、ある種の文法があることを発見し用いたのだという、それがつまり……

最も読ませる要素「生命とは」

SF、ミステリとして十二分に楽しめる作品であるがもっとも興味深いのは主人公クラヴィスの対話である。

相手はジョン・ポール、そして妄想のなかに登場する亡くなった母。

戦場に降り立ち多くの死に囲まれるクラヴィス。

実際の世界でも死の実感は薄まる方向に進化しているが、この世界では脳にマスキングが施され死の実感が極めて薄い世界である。

にも関わらずクラヴィスは死の世界に濃密に絡め取られていくのだ。

彼らとの対話は、我々は何であるのか、生命とは、生と死の境界はどこかを知る旅である。

これほどに強大な作品を生み出した作家が、もう新たに作品を生むことがない事実がとても残念でならない。

伊藤計劃、他作品について

虐殺器官からしばらくあとの未来世界、著者の遺作となった「ハーモニー」。こちらは少女たちが主人公、そして虐殺器官とは違った形で人間の生命について深く掘り下げた作品でとても読みごたえがあった。

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著者について

伊藤計劃project itoh
1974年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。2007年、本書で作家デビュー。「ベストSF2007」「ゼロ年代ベストSF」第1位に輝いた。2008年、人気ゲームのノベライズ『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』に続き、オリジナル長篇第2作となる『ハーモニー』を刊行。同書は第30回日本SF大賞のほか、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門を受賞した。2009年没。
――本書より引用

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