×

『ラブレス』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】

目次 [隠す]

記事画像

あらすじ

謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた――。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は地元に残り、理容師の道を歩み始める……。流転する百合江と堅実な妹の60年に及ぶ絆を軸にして、姉妹の母や娘たちを含む女三世代の壮絶な人生を描いた圧倒的長編小説。
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 何かと女性が生きづらい昭和の時代に輝きを失うことなく生き抜いた女性に焦点をあてた長編小説(404ページ)
  • 貧しい北海道の開拓村から始まった三世代にわたる女性たちを描いた大河小説でもある。
  • うっかり公共の場でラストを迎えたらさあ大変。私のように人前で号泣する姿をさらすことになる。

ある女性の人生に焦点を当てた小説

個人的に真っ先に思いつくのは高村薫の『晴子情歌』だ。

昭和の北国を舞台にしている点が『ラブレス』と同じであるのと、主人公である女性もどこか似ているところがある。

ちなみに晴子情歌は晴子という女性がはるか海の向こうで漁をする息子にあてた100通もの手紙が物語のほとんどを占めており、その内容から彼女の人生、そして北国の暮らし、昭和という時代をうかがい知るといった作品である。

晴子情歌 高村薫 (新潮文庫) | neputa note

晴子情歌 (高村薫)あらすじと感想あらすじ遥かな洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼の知らぬ、瑞々しい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で三百年続

記事画像

そしてもうひとつは『孤児列車』という作品。

孤児列車 (作品社) クリスティナ・ベイカー・クライン (著) ・ 田栗美奈子 (訳) 感想 | neputa note

孤児列車 (クリスティナ・ベイカー・クライン) あらすじと感想あらすじ91歳の老婦人が、17歳の不良少女に語った、あまりにも数奇な人生の物語。火事による一家の死、孤児としての過酷な少女時代、よ

記事画像

こちらはアメリカが舞台の作品だが大変な時代を生き抜いた女性の人生を知る話という点は同じだ。

孤児列車という耳慣れぬ時代の遺物に触れる機会にもなる。

そして『ラブレス』はどんな話か

この物語は「いつ」であるかをあまり明確にしない。

昭和、戦後の貧しい時代から携帯電話がある時代にかけてといったところだろうか。

登場人物は、「杉山百合江」という女性を中心に、彼女の母、娘たち三世代、そして更には彼女の妹、その娘など、まさに女性が主人公であると言える内容だ。

物語は百合江が老年を迎えた現代、娘の理恵と姉妹のように育った小夜子が百合江の様子を見に行こうという場面から始まる。

そして百合江の生涯をたどるいくつもの回想シーンを経て、娘たちが彼女の一生とはどんなものであったかを知る物語であり、そこがいちばんの肝となっている。

貧しい時代の更に貧しい土地

百合江が生まれ育ったのは、貧しい時代の北海道にある「開拓村」という土地である。

この作品を読むまで開拓村というものがどんなものか詳しくは知らなかったが、そこでの極貧にあえぐ家族の暮らしぶりを描く描写は凄まじいの一言である。

生活インフラは皆無、みな垢だらけで着るものも粗末で、北国の厳しい冬を越すのは毎年奇跡の連続であろうと思うほどだ。

百合江は中学を終えると経済的事情から高校進学をあきらめ奉公に出る。

そして奉公先の主人に乱暴され、町を訪れていた旅の一座に弟子入りし人生が大きく転換する。

炭鉱の需要の高まりなどで急速に栄えていく釧路の町や、いつまでも打ち捨てられたままの開拓村などの描写が印象的に描かれており、郷土史的な一面もあり興味深い。

読む人の心をつかんで離さない百合江さん

本作品は杉山百合江が主人公、百合江に始まり百合江に終わる。

10代半ばで故郷を捨て、旅の一座と共にあちこちを流れながら再び北海道に帰ってくる。

そして彼女を真剣に思ってくれる男性とはなかなか結ばれず、どちらかといえば「不幸」と見られてしまう出来事を数多く経験してきた女性なのではないか。

しかし、彼女はいつだって輝いている。ように感じる。

飛びぬけた才能があるわけではないし、強くもない。しかし彼女の生きた痕跡はどれもこれもキラキラと輝きを放っている。

物語の終わりで娘の理恵は、母百合江をこう表している。

どこへ向かうも風のなすまま。からりと明るく次の場所へ向かい、あっさりと昨日を捨てる。捨てた昨日を惜しんだりしない。
――本書より引用

この生き様は、真に彼女の人生を言い当てている。

あまり詳しくは書かなかったが、一人でも多くの人にこの作品の文章を実際になぞり、杉山百合江という女性の一生を感じてほしい。

ラストはきっと号泣すると思う。そして彼女の人生に乾杯したくなる。

著者について

桜木紫乃 (Sakuragi Shino) 1965(昭和40)年、北海道釧路市生れ。2002年「雪虫」でオール読物新人賞を受賞。’07年同作を収録した単行本『水平線』でデビュー。’12年に『ラブレス』で「突然愛を伝えたくなるほん大賞」、’13年に同作で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木賞をそれぞれ受賞する。他の著書に『風葬』『凍原』『硝子の葦』『ワン・モア』『起終点駅(ターミナル)』『誰もいない夜に咲く』『無垢の領域』『蛇行する月』などがある。
――本書より引用

「桜木紫乃」関連の感想記事

『起終点駅 ターミナル』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

起終点駅 ターミナル 桜木紫乃 ー あらすじと感想鷲田完治が道東の釧路で法律事務所を開いてから三十年が経った。国選の弁護だけを引き受ける鷲田にとって、釧路地方裁判所刑事法廷、椎名敦子三十歳の覚醒剤使

blog card

『ホテルローヤル』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ 北国の湿原を背にするラブホテル。生活に定年や倦怠を感じる男と女は”非日常”を求めてその扉を開く――。恋人から投稿ヌード写真の撮影に誘われた女性事務員。貧乏寺の維持のために檀家たちと肌を重ね

blog card

『誰もいない夜に咲く』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

誰もいない夜に咲く 桜木紫乃 (角川文庫) あらすじと感想 親から継いだ牧場で黙々と牛の世話をする秀一は、三十歳になるまで女を抱いたことがない。そんな彼が、嫁来い運動で中国から迎え入れた花海とかよわす

blog card

『凍原』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ 一九九二年七月、北海道釧路市内の小学校に通う水谷貢という少年が行方不明になった。湿原の谷地眼(やちまなこ)に落ちたと思われる少年が、帰ってくることはなかった。それから十七年、貢の姉、松崎比呂

blog card

『ワン・モア』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

北海道が舞台の短編連作。「柿崎美和」、「滝澤鈴音」は二人とも医師であり、高校時代からの友人でもある。彼女たちを中心に、各編ごとに主人公が入れ替わりながら物語は進んでいく。できることなら学生時代に読みた

blog card

Comments