『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』スティーグ・ラーソン【あらすじ・感想】
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あらすじ
月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家の違法行為を暴く記事を発表した。だが名誉毀損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れた。そんな折り、大企業グループの前会長ヘンリックから依頼を受ける。およそ40年前、彼の一族が住む孤島で兄の孫娘ハリエットが失踪した事件を調査してほしいというのだ。解決すれば、大物実業家を破滅させる証拠を渡すという。ミカエルは受諾し、困難な調査を開始する。 — 本書より引用
読書感想
読みどころ
- 一切の疑念を寄せつけない完成度の高さが光るスウェーデン発の長編ミステリ。
- スウェーデンの近代史、経済に絡む疑惑、宗教、女性への暴力など社会問題をふんだんに盛り込んだ社会派ミステリとしての側面も。
- ミカエル、リスベットをはじめとする魅力的なキャラクターが物語を牽引する三部作の第一弾。全作が映像化されるなど世界的に人気を博した。
きっかけはハリウッド版の映像作品
ルーニー・マーラの特徴あるビジュアルが印象的だったハリウッド映画「ドラゴン・タトゥーの女」を見たのが本作を知るキッカケだった。
あまり馴染みのない北欧スウェーデンと物語の背景に興味がわき原作を手に取った。
話の筋は映画で知っていたにもかかわらず、これほどまで一心に没頭できるとは予想していなかった。いい意味で裏切られた、完成度の高い素晴らしい作品だった。
時間的制約がある映画で省略(あるいは改編)された部分には、この物語の奥行きとも言える濃ゆい部分がぎっしりと詰まっていた。
物語の概要
- 経済誌「ミレニアム」の発行責任者兼共同経営者の「ミカエル・ブルムクヴィスト」は、「エリック・ヴェンネルストレム」という大物実業家を告発する記事を書き、名誉棄損で訴えられる。
- 裁判に敗れたミカエルはミレニアムを離れ、スウェーデンを代表する「ヴァンゲル・グループ」の元会長である「ヘンリック・ヴァンゲル」から依頼された仕事を引き受ける。
- 仕事の内容は兄の孫娘「ハリエット」が40年前に姿を消した謎を解き明かすことであり、ミカエルは、調査員「リスベット・サランデル」の助けを借りその謎に迫る。
- ハリエット失踪の背景には、ヴァンゲル一族の深い闇と現在も続く女性を狙った連続殺人が関係していることが明らかとなる。
- 40年にわたり続いてきた悲劇に終止符を打ちミレニアムの仕事に復帰したミカエルは、実業家ヴェンネルストレムへの反撃を開始する。
作品に込められた2つのテーマ
900ページ近いこの大長編において、とくに印象づけられたテーマとして、以下の2つが思い浮かぶ。
- 男性による女性への暴力問題
- スウェーデン経済界への警鐘
そして、主人公の二人が、それぞれのテーマのシンボルとして描かれている。 前者についてはリスベット、後者がミカエルである。
この二人のキャラクターについて、上巻の訳者あとがきに興味深いことが書かれていた。
美しく賢いとはいえない典型的な女性キャラクターの男性版としてミカエルを描き、代わりにリスベットにいわゆる”男性的”な性質を持たせた — 本書より引用
このキャラクター設定は、著者の性差別に対する姿勢を感じさせると共に、作品に「ある効果」をもたらしている。
つまり、女性への暴力を腕力をも用いて復讐を果たすのが「男性的なキャラクターのリスベット」、経済界の問題に深く切り込んでいくのは「女性的なキャラクターのミカエル」という構図が成り立っているのだ。
この仕掛けはおもしろいことに、二人のキャラクターを際立たせると同時に、性別を含むさまざまなボーダーを超えた感情移入を受け入れる幅を生み出している。
男性による女性への暴力問題、復讐の女神リスベット
プロローグ・エピローグを除く各部の扉に引かれた、スウェーデンにおける女性が被った暴力に関する統計と思しき一文が記されており、冒頭からから強く印象付けられる。
第一部 誘因
スウェーデンでは女性の十八パーセントが男に脅迫された経験を持つ。
第二部 結果分析
スウェーデンでは女性の四十六パーセントが男性に暴力をふるわれた経験を持つ。
第三部 合併
スウェーデンでは女性の十三パーセントが、性的パートナー以外の人物から深刻な性的暴行を受けた経験を有する。
第四部 乗っ取り作戦
スウェーデンでは、性的暴行を受けた女性のうち九十二パーセントが、警察に被害届を出していない。
日本語翻訳版では「ドラゴンタトゥーの女」という副題となっているが、原題は”Män som hatar kvinnor”で、直訳すると「女を憎む男達」という意味とのこと。(※Wikipediaを参照)
そして原題の通り、この物語で描かれる事件はいずれも立場の弱い女性が、男性からの一方的な暴力に晒されるといった共通点がある。
リスベットは、そんな男たちに鉄槌を叩きつける復讐の女神だ。 彼女に対し暴行に及んだ弁護士を、二度と再犯に及ぶことができないよう追い込む。
ミカエルの天敵である実業家ヴェンネルストレムを、妊娠させた女性を脅し堕胎させたという一点において敵と見なし個人的な復讐を果たす。
そして何よりも、作品のもっとも大きな事件、ヴァンゲル家の謎に絡む女性を狙った連続殺人の犯人に最後の止めを刺すのも彼女だ。
男性による女性への暴力は何もスウェーデンに限った話ではない。
万国共通のこの理不尽でどこまでも身勝手な行為に、この小説は一切の許しを与えない。
リスベットの燃え盛る復讐の炎で焼き尽くすのだ。
ミカエルが鳴らす経済界への警鐘もう1つのテーマとして挙げた経済界に関することについては、ざっと以下の点が問題として描かれている。
- 犯罪行為がスケールを増すことでビジネスとして成り立ってしまっている
- 財界人に迎合するだけのジャーナリズムが監視機能を果たしていない
- 実態を持つ歴史ある産業が衰退し、周辺サービスである金融がビジネスの中心となっていること
最終的にミカエル率いる経済誌「ミレニアム」は、実業家ヴェンネルストレムを葬り去ることで復讐を果たす。
その影響でスウェーデン経済に混乱をもたらすことになり、その点を追求するメディアも登場する。 これに答えるミカエルの話しからは、ジャーナリズムに身を置いていた著者の強い主張が見て取れる。
「スウェーデン経済とスウェーデンの株式市場を混同してはいけません。スウェーデン経済とは、この国で日々生産されている商品とサービスの総量です。それはエリクソンの携帯電話であり、ボルボの自動車であり、スカン社の鶏肉であり、キルナとシーヴデを結ぶ交通です。これこそがスウェーデン経済であって、その活力は一週間前から何も変わっていません」 — 本書より引用
資本主義、自由経済主義があたり前の環境で生活している側からすれば、いささか過激な社会主義的な主張に感じられるかもしれない。
しかし、実業家を自称し金融ノウハウで資産を膨張させただけのヴェンネルストレムを打ち倒すストーリーがこのセリフに強い説得力をもたらしている。
その他に印象に残ったこと
リスベット・サランデルという人物はとても個性的なキャラクターとして描かれている。
絶望的な社会性と、映像記憶、天才的なハッキングという優れた才能を併せ持っている。
彼女のような人物をみていると(これは彼女に限ったわけではなく)、人並み以上に見えたり感じたりしてしまう人にとって、この世界はとても生きづらい事実をあらためて考えさせられる。
もっと言えば、社会という強大なシステムが見せたがっているもの以外の存在を、直感的にわかってしまう者たちだ。
そんな彼女に、親愛を込めて接してくれた紳士たちがいたことはせめてもの救いだ。
彼女を支えることで、彼女が活躍し、わたしたち読者を楽しませてくれたことを称え、名前を記しておきたい。
幼かった彼女の弁護人・後見人として、施設への強制収容を退け、面倒を見てきた「ホルゲル・パルムクレン」。
雇用主として、彼女の才能を生かすチャンスをもたらした「ドラガン・アルマンスキー」。
そして、彼女の才能をフルに発揮できる仕事と、人を愛する経験をもたらしたもう一人の主人公、「ミカエル・ブルムクヴィスト」。
他にも数多くの魅力がこの作品にはたっぷりと詰め込まれている。
そして第三部まで続きがあり、映像作品までそろっていることは大きな喜びだ。
そして最後に、この素晴らしい作品を残し、その成功を目にすることなく亡くなられた著者、スティーグ・ラーソン氏に哀悼と感謝の気持ちを捧げたい。
映像作品について
三部作すべてが本国スウェーデン版として映像化されており、原作と共に人気を博したようだ。こちらはまだ見ていないので、小説の進行に合わせて順次見ていく楽しみが残っている。嬉しい。
そして第一部のミレニアム1のみハリウッド版がある。
先にも書いたが、こちらを見たことで原作へと辿り着くキッカケとなった。
大筋のストーリーは原作と同様であるが、できるだけ短く、シンプルにするため改編されているシーンもある。
原作と映画、どちらがと比較対象とはせず、リスベット役ルーニー・マーラの熱演を含め独立した映像作品として楽しむことをお薦めしたい。
続編の感想はこちら
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著者について
スティーグ・ラーソン Stieg Larsson
1954年スウェーデン北部に生まれる。スウェーデン通信でグラフィック・デザイナーとして20年間働き、英国の反ファシズムの雑誌『サーチライト』に長く寄稿する。1995年、人道主義的な政治雑誌『EXPO』を創刊し、やがて編集長を務めた。日に60本もタバコを吸うヘビースモーカーで、仕事中毒でもあった。パートナーである女性の協力を得て2002年から〈ミレニアムシリーズ〉の執筆に取りかかり、2004年に三冊の出版契約を結ぶ。2005年、第一部『ドラゴン・タトゥーの女』が発売されるや、たちまちベストセラーの第一位になり、三部作合計で破格の部数を記録、社会現象を巻き起こした。しかし、筆者のラーソンはその大成功を見ることなく、2004年11月、心筋梗塞で死去した。享年50。 — 本書より引用
訳者について
ヘレンハルメ美穂
国際基督教大学卒、パリ第三大学修士課程修了、スウェーデン語、フランス語翻訳家 訳書『催眠』ケプレル(早川書房刊)他 — 本書より引用
岩澤雅利
東京外国語大学大学院修士課程修了 訳書『アデル』ルグラン(共訳/早川書房刊)他 — 本書より引用