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『モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝』 ハヤカワ文庫NF 【読書感想・あらすじ】

2018/01/30

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あらすじ

世界最強と謳われるイスラエルの対外情報機関「モサド」。謎に包まれたその実態をスパイ小説の巨匠が明かす。ホロコーストの首謀者アイヒマンの拉致、テロ組織「黒い九月」への報復、シリアと北朝鮮が密かに設置した核施設の破壊、さらにイランの核開発を阻止するための秘密戦争……。命がけのミッションに挑むエージェントたちの姿を通して国家存亡を左右する暗闘の真実を描くベストセラー・ノンフィクション。解説/小谷賢
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 敵対する国家に周囲を囲まれ、存亡をかけた戦いを繰り広げてきた国「イスラエル」。そして秘密裏に国家を支えてきた諜報機関「モサド」。命を懸けた戦いに身を晒しながら決して表立って称賛されることのないスパイたちを描くノンフィクション。
  • 超法規的にそして秘密裏に行われるモサドの活動は、一見すると架空の遠い世界の出来事に思える。しかし数多くの取材とインタビューよって裏付けされ詳細に語られるその内容は、現場に居合わせた者たちの息遣いが聞こえてきそうな生々しいものだった。

「スパイ」への好奇心

昔から権力を手にした者たちが書き連ねてきた「歴史」よりも、名もなき人びとが語り継いできた「口伝」や「伝承」的なものに興味をいだくことが多かった。反体制や反国家主義などでは決してない。ただ概念上の存在でありながら、時に大勢を巻き込み猛威をふるう「国家」というものが、単純に恐ろしいのだと思う。

しかしその国家にまつわるモノのなかで興味が湧いてやまない存在がある。「スパイ」である。己のアイデンティティを消し去り、その身を犠牲にして活動する(というイメージ)彼らは一体どんな人物たちなのだろうか。国のために名も無き者として命を懸けるというのはどんな気持ちなのか、幸せはあるのだろうか、など興味は尽きない。

平和な国でぼんやり暮らしている私に想像できる「スパイ」は、せいぜい警察がやり取りする情報屋ていどのものだ。しかし世界を見渡せば国同士、互いの計画を阻止したり、要人を暗殺したりなど、映画や小説のような出来事が繰り広げられている。

これまで私にとって架空の存在でしかなかった彼らが、実在の人物であると克明に記した一冊だった。

ある程度の前提知識があった方がいいかもしれない

歴史的経緯を知らずとも十分に読み応えのある作品ではあるが、やはりある程度の知識はあった方がよいと思われる。ユダヤ人とナチスの関係などは学校で習うこともありピンと来る人も多いかもしれないが、それ以外の経緯にもとづく出来事はやや理解に苦しむと思われる。私は事実そうだった。

できれば関連書籍をじっくり読みこむのが良いのだが、ネットである程度の前提知識を得るだけでかなり理解度が変わってくる。参考となるかわからないが、調べて回ったキーワードを列挙してみたい。

  • ユダヤ人・ユダヤ教とは
  • イスラエル建国の経緯
  • イスラエルとアラブ諸国の対立
  • 第一次~第四次中東戦争

私はおもに「聖書と歴史の学習館」というサイトやウィキペディアなどを参考にさせていただいた。他にも良いサイトがあれば教えていただけるとうれしいかぎり。

イスラエル最強スパイ列伝

いささか拍子抜けする見出しだがこれは本書の副題。そしてタイトルにある「モサド」とは、イスラエルの諜報機関の名称である。

「モサド」という言葉はヘブライ語で組織・施設・機関を意味する「モサッド」(מוסד :Mossad)からきたもので、イスラエルでも「ハ-モサッド(המוסד)」と呼ぶことが一般的である。

1948年の建国以来、周囲をアラブ諸国に囲まれたイスラエルは国家存亡をかけた戦いを繰り広げてきた。戦いの内容は互いの火力をぶつけ合う戦争以外にも数多くあり、それらの多くを担うのがモサドである。

本書では過去にモサドが繰り広げてきた戦いを作戦ごとに記している。それらのほとんどは、大まかにまとめると以下の3つを目的としたものと考えられる。

  1. 敵国の戦力強化を阻止する。
  2. 世界中のユダヤ人を守る。
  3. 過去現在のユダヤ人迫害に対する報復。

1.に関して実際に登場するのはイランやシリアに対する作戦だ。イランの核問題はアメリカが強い警戒を示し国連に働きかけていた報道を耳にした記憶があるが、その裏でモサドが作戦をおこし科学者を片っ端から殺害していたとは驚きだった。核原料の入手を阻止するため遠心分離機を爆弾で吹き飛ばすなど、世界の裏側で行われる戦いは法も倫理もあったものではない。殺るか殺られるか、ヤクザの世界に通じるものがある。

2.については外国で迫害されているユダヤ人をイスラエルに亡命させるといったもの。ナチスドイツの時代まで長きにわたりユダヤ人がヨーロッパ各地で迫害された歴史はなんとなく知っていた。が、近代においてもそれは続いていることは知らなかった。シリアから多くのユダヤ人女性を秘密裏に出国させる話は近代とは思えない話だ。国を持たず世界に散り散りになった彼ら民族は今なお危険にさらされる事があるのだ。

3.はナチスの残党に関する話。ナチスのナンバー2だった「アイヒマン」がアルゼンチンに家族とともに潜んでいるのを見つけ出し、現地国の保護を受けてしまう前にイスラエルに拉致して処刑しようという作戦をモサドが成し遂げる。有りか無しか、私にはもう判断つかない話しだが他にもある。西ドイツが元ナチの捜索に期限を設ける法案を通すことを聞きつけ、それを阻止するために隠れている大物を見つけだすのだ。その執念たるや。

こんな具合で本書には序文と終章を含む23の作戦が登場するが、いずれも想像をはるかに超える話であった。

読み終えてみて

読み終わって気づいたのは「スパイに興味がある」などという思いが随分と軽はずみなものだったという反省に近い気持ちだ。映画や小説ならまだしも、ノンフィクションとなるとかなり刺激が強く、いく分混乱している有様だ。

私のような極東の島国でぼんやり暮らす人間には想像もつかない事情があるとはいえ、戦いの歴史を積み重ね続ける彼らの存在とはなんなのか、本書を通じますます分からなくなったというのが正直なところだ。

それでもひとつ思うのは、国同士が国際ルールを定め表立った戦争をコントロールする仕組みというのはあくまで建前であり、いざとなれば実力行使で互いをけん制し合うことを暗黙のルールとした裏の世界を残している事実は、「国家」は人類による未完成の発明なのかもしれないということ。


そう考えると、人類は本来的に完全に暴力装置を手放すことができない生物であり、それを表面的に見えないようにするための仕組みが諜報の世界なのかもしれない。


著者について

マイケル・バー=ゾウハ― Michael Bar-Zohar
イスラエルの作家。1938年ブルガリアに生まれ、48年にイスラエルに移住。ヘブライ大学を卒業後、パリ大学で政治学と国際関係論の博士号を取得。第2次、第3次、第4次中東戦争に従軍後、ハイファ大学、アメリカのエモリ―大学で教鞭を執り、イスラエルの国会(クネセト)議員や国防相モシェ・ダヤンの顧問も務めた。ダヴィド・ベングリオン、シモン・ペレスの公式伝記、イサル・ハルエル元モサド長官の伝記を執筆。スパイ小説の巨匠として知られ、作品に『エニグマ奇襲指令』、『パンドラ抹殺文書』、『ベルリン・コンスピラシー』、ノンフィクションに『ミュンヘン』(共著)など多数(以上、ハヤカワ文庫刊)。
――本書より引用

ニシム・ミシャル Nissim Mishal
イスラエルのジャーナリストで、テレビ界の主要人物のひとり。国営テレビの政治記者、ワシントン特派員、社長を務める。自国の歴史に関する著書は英語、フランス語、ロシア語などに訳されベストセラーとなった。
――本書より引用

訳者について

上野元美
英文文学翻訳家 訳書にウィンタース『地上最後の刑事』、オクサネン『粛清』、カーソン『シャドウ・ダイバー』(以上早川書房刊)、ハンプトン『F-16――エース・パイロット 戦いの実録』、フォスター<光の死者ギャビイ・コーディ>シリーズ、スアレース『デーモン』ほか多数
――本書より引用

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