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『英国諜報員アシェンデン』 サマセット・モーム ~実体験に基づく英国諜報員の物語~ 【読書感想・あらすじ】

2018/08/30

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あらすじ

時はロシア革命と第一次世界大戦の最中。英国のスパイであるアシェンデンは上司Rからの密命を帯び、中立国スイスを拠点としてヨーロッパ各国を渡り歩いている。一癖も二癖もあるメキシコやギリシア、インドなどの諜報員や工作員と接触しつつアシェンデンが目撃した、愛と裏切りと革命の日々。そしてその果てにある人間の真実――。諜報員として活躍したモームによるスパイ小説の先駆けにして金字塔。
――本書より引用
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読書感想

『英国諜報員アシェンデン』の読みどころ

  • 著者自身の体験をもとにした、第一次大戦下の英国諜報員の物語。
  • 作家兼スパイという特殊な人物による人間観察が秀逸。
  • 戦争という究極的な状況下でも、合理的に振る舞うことのない人間のおかしさをユーモアを交えて描き出している。

「人間」を描いたスパイ小説

あらすじのとおり、第一次世界大戦の真っ最中であるヨーロッパを舞台としたスパイ小説である。出版は1928年。

とは言いつつも、緊張感に満ちた陰謀渦巻くいわゆる「スパイ小説」とは大いに異なっており、そこが本作の魅力とも言える。

以前、同著者の『月と六ペンス』という作品を読んだ。
傑作を残したある画家の破天荒な人生について、知人であった作家が語る構成の物語である。

月と六ペンス サマセット・モーム (著)・金原瑞人 (訳) (新潮文庫) | neputa note

月と六ペンス あらすじ ある夕食会で出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十を過ぎた男が、すべてを捨てて挑んだことは ――。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。 月と六ペンスの読みどころ 100年前の英国におけるベストセラーだが古めかしさを感じさせない普遍的な作品テーマとごく身近な物語に感じさせる人物描写、翻訳の力が光る逸品。英国での安定した暮らしと家族を捨て絵を描くためにフランス、タヒチを渡り歩いた天才画家の人生を辿る物語。社会が作り出す理性や合理性に基づいたルール・価値観とその身に矛盾を併せもつ人間との関係性を一人の画家の人生を通じ力強くそして美しい文章で浮かび上がらせる。

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主人公は著者?

この構成は本作に共通するところがある。本作の主人公であるスパイは作家で、その人物はあとがきでわかるのだがモーム自身である。

つまりモームは英国の諜報員としての過去があるということだ。

ささいなことだが、この要素は個人的にとても重要である。どんな作品でも「事実を元にした」その一点で、大きく読み応えが増すからだ。(共感してくれる人求む)

というわけで、あとがきで知らずとも「これはモーム自身じゃないか?そういうことにしておこう」と自分に言い聞かせて読み進めた。

アシェンデンの人物像

作品の主人公であるスパイ兼作家は「アシェンデン」という。彼は「冷静な判断と感情の抑制のきく人間」で、上司の「R」よりもたらされる作戦を忠実に、確実にこなしていく。

そしてまた彼は共感性にかけるところが見受けられるのだが、優れた頭脳と観察力でもって補っている。

作家としての好奇心は旺盛であり、スパイ活動で関わる人々を実に興味深げに観察している。

このアシェンデンの視点によって描き出される人間の妙味が、作品のもっとも魅力となるところではないだろうか。

矛盾に満ちた人間のおかしさ

アシェンデンは、人々の合理性を欠く振る舞いに惹かれる。つまりは彼が非常に合理的な人物であるため、理解できないがゆえに興味を持つのだ。

十六編の各章それぞれがアシェンデンの受け持つ作戦行動であり、異なる国で新たな人々と関わりを持つことになる。

高額とは言えない報酬のために危険を犯し祖国を売る人、創作で完璧な報告書を送り続ける協力者、溢れんばかりの愛がありながら裏切る人などなど。

敵国出身の妻を持ち、祖国を裏切る「ケイパー」という英国人について、アシェンデンが描写する場面。

人間が白黒の二色で塗り分けられるものなら、生きるのも楽になり、行動するのも簡単になる!
なぜこんな相反する性質が、ひとつの心のなかに、なんの矛盾もなく存在するのか。

矛盾を矛盾なく内包できるとは、人間とはなんと不可思議で魅力的な生き物であるか。

翻訳の素晴らしさ

翻訳は「金原瑞人」という方で、『月と六ペンス』も訳されている翻訳家の方だ。

原文を読んでいないので確かなことは言えないが、作品の素晴らしさを余すことなく日本語に訳しているのではないか?と感じる文章もまたこの作品の魅力のひとつだ。

他にも『ジゴロとジゴレット』という作品が金原氏によるモームの翻訳作品とのこと。ぜひ読んでみようと思う。

著者・訳者について

サマセット・モーム
William Somerset Maugham
(1874ー1965)
イギリスの小説家・劇作家。フランスのパリに生まれるが、幼くして両親を亡くし、南イングランドの叔父のもとで育つ。ドイツのハイデンベルク大学、ロンドンの聖トマス病院付属医学校で学ぶ。医療助手の経験を描いた小説『ランベスのライザ』(1897)が注目され、作家生活に入る。1919年に発表した『月と六ペンス』は空前のベストセラーとなった代表作である。
――本書より引用
訳者 金原瑞人 Kanehara Mizuhito
1954(昭和29)年岡山県生れ。翻訳家、英文学者。法政大学社会学部教授。エッセイ『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『サリンジャーに、マティーニを教わった』のほか、『武器よさらば』(ヘミングウェイ)『青空のむこう』(アレックス・シアラー)『ヘヴンアイズ』(デイヴィッド・アーモンド)『マンデー・モーニング』(サンジェイ・グブタ) など訳者多数。
――本書より引用

サマセット・モーム作品の感想

【読書感想】 月と六ペンス サマセット・モーム | neputa note

あらすじ ある夕食会で出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、

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