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『十二年目の映像』 帚木蓬生 【あらすじ・感想】

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あらすじ

その映像は、開けてはならないパンドラの箱だった!? 大手放送局に勤務する川原庸次は、かつて学生運動に参加していたという上司からT大時計台闘争にまつわるスクープ映像の存在を聞かされる。初めは半信半疑の庸次だったが、十二年間にわたり地下に潜伏し続ける男、井田と出会い、その存在を確信する。しかし彼の死を境に事態は急変し……。テレビ局を舞台にした緊迫の長編サスペンス。 — 本書より引用

読書感想

本作品の初出は1981年、デビュー作「白い夏の墓標」に続く二作目の中編小説である。 作品の時代設定も同じく1981年、大手テレビ局が舞台である。現代は凋落の一途をたどるテレビ業界だが、当時、もっとも強力なメディアとしての力を誇り、更なる発展を遂げようと活気あふれる様子が克明に描かれている。

一方で華々しい業界人の中にも日陰的な役割を負う者たちがおり、本作はどちらかと言えば彼らの方に焦点を当てた場面が多く、作品全体に暗い影が常に漂っている。そしてさらに物語の核はそこから12年を遡った安保闘争の時代にある。

1981年、この時代に働き盛りを迎える世代の青春時代は学生運動がもっとも激化した只中にあった。かつて学生の一人として「T大時計台闘争」(東大安田講堂事件 がモデル)に参加していたドラマ番組ディレクター「槍居」は、主人公「川原庸次」に、ある映像に関する情報をほのめかす。

当時、闘争の様子はテレビメディアで大きく報じられたものの、それらはすべて権力に与する側からの視点で撮影されたものである。槍居が川原に話したのは、学生側からの視点で記録した映像の存在についてであった。

人間が、映画というテクニックを手中にして一世紀弱ですが、単なる偶然あるいはフィクションとしての美学的効果を追ったものは無数にあっても、権力そのものに向かってレンズを向けた例は少ないのです。 — 本書より引用

十二年前のあの闘争は、イデオロギーを抜きにしても、少なくとも二つのかけがえのない意義を持っているといえます。ひとつは、国家権力に対抗して時計台という解放区を現実につくりあげたという事実です。ふたつめは、映像史上はじめて、そうぼくの知るかぎりはじめてですが、解放空間に視点を据えて、権力へレンズを向けたということです — 本書より引用

テレビ局において日陰的存在であり、放送の心臓部でもある主調整室に勤務する庸次は、やがて槍居から聞かされた映像を12年間秘匿し続けた男「井田」の元へとたどり着き、学生闘争の暗部を知る。

そして井田から託された「十二年目の映像」に触れ、それは庸次をある行動へと駆り立てていく。

卒業と共に闘争の影を消し去り就職していった若者の一人である槍居、大学を途中で去り物言わぬ公務員となった庸次の兄など彼らの葛藤や、物語としての面白さはある。

しかし、二作目のジンクスか、デビュー作やその後の作品に見られる人間の奥底を丹念に綴る描写は影を潜めており、どこか説明的な文章が続くなど物足りなさを感じる作品でもあった。

最後にもっとも印象的だった、「十二年目の映像」を庸次に託した井田の手紙から引用を。

あなたは火に巻かれたサソリがどうするか知っていますか。御承知のようにサソリは四億年前から少しも進化していない生物で、その尾の先端から出す毒液は蛋白質を数分にして溶解させる力を持っています。そのサソリの周囲にぐるりと油をまいて火をつけると、怒り、ものすごい形相で尾を高々と上げ、必死で抵抗します。そのあげく、弓なりになった尾は次第に自分の背中に近づき、絶望だとさとるや、毒針はぶすりと背中に突き刺さるのです。
ぼくたちの十二年前の抵抗がそれだったと思うのです。「フィルム」は、権力に対して異議申立てをし、圧倒的な弾圧の前で燃えつきていくサソリの青春を、あますところなく写しとっています。それは十二年前の青春が、十二年後のもうひとつの青春へ向けた悲痛なメッセージに他なりません。 — 本書より引用

著者について

帚木蓬生(ハハキギ・ホウセイ 1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。現在は精神科医。1993(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞を受賞。1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞を受賞した。2011年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞を受賞。2012年『蠅の帝国―軍医たちの黙示録―』『蛍の航跡―軍医たちの黙示録―』の2部作で日本医療小説大賞を受賞する。『臓器農場』『ヒトラーの防具』『安楽病棟』『国銅』『空山』『アフリカの蹄』『エンブリオ』『千日紅の恋人』『受命』『聖灰の暗号』『インターセックス』『風花病棟』『日御子』『移された顔』など著作多数。 — 本書より引用

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