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【読書感想】 晴子情歌 高村薫

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あらすじ

遥かな洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼の知らぬ、瑞々しい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で三百年続く政と商の家に嫁いだ晴子の人生は、近代日本の歩みそのものであり、彰之の祖父の文弱な純粋さと旧家の淫蕩な血を相剋させながらの生もまた、余人にはない色彩を帯びている。本邦に並ぶものなき、圧倒的な物語世界。
――本書より引用

読書感想

著者作品について

中学生の頃のある日、当時もっとも仲の良かった親友が「この作家は今後も読みつづけた方がいい」と言って、タイトル『黄金を抱いて翔べ 』を貸してくれた。

高村作品との出会いだった。

そういえば、その親友は「国内外の純文学をできるだけ読め、まともに読めるのは今の感受性がある間だけだ」とも言っていた。

今思えばそれらは彼の厳格な父や兄からの受け売りであったろう。
彼の家はとても厳しい家庭だった。

しかしその影響はとても強いもので、今もふとした時に思い出すほどであり、その当時彼が(彼の家庭が)薦める作品を私は忠実に読み続けた。

高村作品の新刊はいつも発売日に本屋へと向かい、一気に読み終え、親友との密やかな共有感は、それは心地良いものだった。

いつしかその親友とは疎遠になってしまったが、その後も高村作品との付き合いは変わることはなく、13年前に発売された『晴子情歌』も昔と変わらず発売日に早速入手し読み始めた。

だが、けっきょく半分ほど読んだところで本を閉じてしまった。

エンターテイメントやミステリといった要素は大きく削げ落ち、硬質でどっしりとした印象が大幅に増した文章に戸惑ったのか、仕事以外の時間を急速に失い始めた環境の変化のせいか、それ故に枯れはじめた感受性のせいか、それ以降、長きに渡って読み続けた高村作品との縁も途切れることとなった。

長い時間を要することになったけれど、さまざまな思いを胸に再び手にとった『晴子情歌』は、何というか、ごく個人的なものであるが「転機」を予感させるものだった。

感想はなく衝動だけが

晴子はこの三百日、インド洋にいた息子の彰之に宛てて百通もの手紙を書き送り、息子のほうは、それらを何十回も読み返してもうほとんど文面を諳んじていたが、いまもまたそのなかの数通を開き、読み始めると、いつものように意識の周りに暗黒のガスが沁み出した。
――本書より引用

大正9年に東京で生まれ、幾多の巡り合わせにより青森の野辺地で暮らす晴子は、昭和50年、最高学府を卒業したあと「漁師になる」と言いインド洋へと出て行った息子へと膨大な手紙を書き綴った。

本作は晴子の手紙と彰之の思いが織りなすように編まれた長大な物語である。

物語の大半を占めるその手紙は、津軽や北の大地を描く郷土史であり、孕み孕ませ因習や風土と共に生きる人々の歴史であり、鰊場を取り巻く自身に初潮を迎えさせる程の生命の息吹であり、失い続ける戦争の近代史であり、両親を失し弟妹と離散した家族史であり、野辺地を300年支配し続けた名家の濁った血であり、大家「福澤」の血を受け継がせてしまった息子への告白であり、初恋の人であり運命の人ではない北太平洋に沈んでいった者への想いであり、30年以上連れ添い先立った夫の細い体であり、消えいていった者たちの不在であり、夫が描き続けた小さな我が家の青い庭であり、愚かしく儚いそれらは長大な人類史とも言えるスケール感で迫り来るものがあり、そして旧いかなで書かれた文章は例えようもなく美しい。

それは、まさに『情歌』であった。

晴子は鑑となってそれら全てを読み手の眼前に鮮やかに映し出す。

そして物語は大きな奔流となって私をどこまでも押し流していく。

もう溺れっぱなしである。

感想を書き留めておきたいと思うのだが、感想はなく、衝動だけが次々と沸き起こるこの状態をなんと表現すれば良いか私は言葉を知らない。

さう〳〵、この次に歸省するとき、筒木坂へ立ち寄つて七里長濱の春の砂を一掴み採つてきて下さい。
――本書より引用

個人的なつながり

個人的なことだが青森県黒石市に住む私の伯母は、ホヤなどの海産物をもらいに毎年、野辺地まで延々クルマを走らせているそうで、今すぐそのクルマに飛び乗り晴子の気配に触れてみたい衝動に駆られている。

そして筒木坂へも足を運び、七里長浜の砂を掴み、彰之と晴子の魂に触れたい。

前回まともに読み進めることもままならなかった作品が、年齢的に成長などというものは無いとは思うから強いて言うならば心境の変化ゆえか、こうまでも心に沁み入ってくる感覚を味わうと、何はなくとも生き続けてきたことを、ああ良かったなとしみじみと思うのである。

そういえば、13年前に手にしたのは単行本で、今回読んだのは文庫本であり、著者は文庫化の際にそれなりの改訂を行うことを思い出した。

ならば単行本での再読と津軽への旅を併せて行うのはどうかと頭に浮かんだのは、我ながら良い思いつきかもしれない。

続編について

本作は、この後に続編がある。

ページ数も、内容の濃さも、本作に負けず劣らず素晴らしい作品だ。

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著者について

1953(昭和28)年、大阪市生れ。'90(平成2)年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞を受賞。'93年『リヴィエラを撃て』で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。同年『マークスの山』で直木賞を受賞する。'98『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞を受賞。2006年『新リア王』で親鸞賞を受賞。'10年『太陽を曳く馬』で読売文学賞を受賞する。他の著作に『神の火』『照柿』『晴子情歌』『冷血』などがある。
――本書より引用

メモ

上巻

康夫はひとり坐り込んでゐたのです。その無力な、無名の後ろ姿をかうして思ひだすとき、いまになって私は頻りに物云はぬ市井の人間と云ふことを考へます。物を云ふことで殺されるでなく、鋭い才氣に殺されることもない代はりに、市井の人間と云ふのはその分永らへてより多くの人生を生き、より多くを眺めてそれをみな自らの身體にたゞ沈澱させてゆくのだらう、と。そこには何一つ成すことのない者の自覺もまた少しずつ沁みてをり、それも人は自分のうちに沈めることを學ぶのだらう、と。
――本書 P130より引用
慶應二年にこの筒木坂に生まれたヰトは、土地に根を下ろして動くこと能はぬ一本の木が、自らの種の一つや二つくらゐは遠くへ散っていくのもよしと思ふ、云はゞ空々寂々の人生観を深く懐いてゐた人であつたのかも知れません。
――本書 P202より引用
私はタヱさんを眺めながら、每度恐ろしい苦勞をして子を產み、その子を失ってはまた懲りずに孕み續ける女たちの欲望や、暗がりで女たちを孕ませる男たちの後ろめたさの息遣ひを密かに嗅ぎ、ときに牛馬と變はらぬほど剥きだしであったり、ときに奥深かったりするそれらの情念が、こゝでは一つ一つの死さへ呑み込んでいくのだと思つたものです。
――本書 P222より引用
大地に染みついた因習や風土と生命の濃密さの狂氣とでも云ふべきものを感じます。
――本書 P226より引用
しかし、實のところツネちゃんと私の間に一體どれほどの差異があつたと云へませう。あつたのはたゞ僅かばかりのお金の差だけではなかつたのか。この土地で詩人になり、思想家になりするやうな能力を持たない私たちにとつて、生命力とは、たゞ每日ご飯が食べられると云ふことに過ぎないのではないか。
――本書 P226より引用
ある日風が止んで鈍い曇り空が來ると、沖合ひで待ちかまへてゐた鰊たちが一齊に濱を目指すのは海藻に卵を產み落とすためだと云ふが、海が白子の色に染まるほど我先に産卵を急ぐのが生命の闘ひなら、この闘ひはほとんど狂亂に近い。なぜと云つて、彼らは生まれてこのかた長く激しい生存競争を勝ち拔いてきた強靭な勇者だろうからだ。今日まで、生命の正しい聲に従つて產卵に一番適した海邊の場所や、雪解け水が海に流れ込む時期と水溫をそのつど寸分の狂ひもなく選んで囘歸して來たと云ふのに、最後の最後になって我を忘れるのも彼らの生命の聲だとしたら、ぼくたち人間はそれを何と呼べばいゝのだらう。
 否、自然の營みはどんなこともみな、不確定な偶然から確定的なものが生まれるのだから、この產卵の闘ひも人間の理解を越えた鰊の生命の内なる秩序と考へるべきかも知れぬ。
――本書 P233より引用
彼らは一體どれほど長く生きて來たことだらうか。魚類だから、人類よりずつと長く生きて來たはずだが、同じ海に鰊と人間がゐあはせてみると、ぼくには人間こそ未だ自らの行き先を知らない新参の迷子に思はれた――――。
――本書 P224より引用
しかし康夫は云ふのです。飢ゑてゐない人間に飢饉と云ふものゝ全容は理解しようがないけれども、飢饉があることを知るのは大切だ。知ることによって、稲の品種改良や郷藏の整備が進むからだ。戦争があることを知るのも大切だ。内地にある人間は、兵隊さんの代はりに戦争を終結させる道を考へる務めがあるからだだ、と。それで自分たちに何が出來ると云ふわけでなくとも、漁師や農夫こそが新聞を讀んで自分たちの目とこゝろで世界を思ふことが必要なのだ、と。
――本書 P237より引用
強いて云へば、私たち凡人は生きてゐる意味を自分ひとりで見いだすのは難しく、世界と少しでも繋がつてをれば物を考へたりもする。さうして幾らかは生きてゐる意味の代用にしてゐると云ふことでせう。
――本書 P238より引用
人が何かをするときに必ずしも自分の意志を正確に知つてゐるわけでもないのは、カレーニナがよい例です。彼女が吹雪の停車場で運命の人と出會つた後、どのやうな思考を經て情事への一歩を踏みだしたかをトルストイが書いてゐないのは、きつと書きやうがないものだつたからです。
――本書 P280より引用
いまや風土そのままではない、一旦種々の教養のふるいで漉した風土の話をしているのは確かだった。
――本書 P289より引用
葉書といえば何年か前、晴子さんから頂いた葉書にいきなり、息子が漁船員になりました、と書いてある。おやおやと思って読んだんですが、一人息子が大学を出てすぐ漁船に乗ると言いだしたというのに、あの人は少しも狼狽していないんだなあ。息子が小さいときによく近くの海でイカ釣りをさせたからだろう。そんなことがさらりと書いてあって、ああ晴子さんらしいと思いました。
――本書 P291より引用
私たちに缺けてゐたのは結局のところ、生命を驅り立てる眞摯な欲望の力であり、そのためのあと少しの不幸や空腹の實感であつたのは確かです。
――本書 P301より引用
單純な生き方ほど生命にとつて望ましく、精神にとつて健やかなのだ
――本書 P321より引用
へえ、東京の娘ば名前に子がつくんだば、華族みでだな
――本書 P331より引用
政治家でも勞働運動家でもない康夫や淳三のやうな人間は、社會を動かす力も抵抗する力も持つてはゐない代はりに、政治や言論の只なかにゐる人たちには聞こえない、未來の不幸の足音がぼんやりと聞こえたのです。
――本書 P338より引用
人は妙な虚榮や能書きさへ捨てれば、それ〴〵或る種の昆蟲や動物のやうに固有の匂ひを發してゐて、その匂い同士にまたそれ〴〵凹凸があつて最適な組み合はせと云ふものが初めから決まつてゐるに違ひない。小説家があれこれ尤もらしく理由をつけたり装飾しようとしてきた一目惚れの正體は、實は本人たちも知らない生物學的な反應かも知れない。かうして番屋の男女を見てゐると、とかく人が理屈つぽく戀に悩むのは、自分が自然界の生物の一つであることを忘れてゐるからではないかとぼくには思へてきたのだ。人は自然に生きるのがいゝ。痛いものは痛く、汚いものは汚く、狂ふときは狂ふのがいゝ。
――本書 P340より引用
地球のどこからか、四年ほどかけて囘遊してきた數十萬、數百萬の鰊が、故郷の眞つ暗な藻の海に光り輝く精を噴きだし、魚卵を吐きだして走り狂ふ。この群來と云ふものはまさに、どんな人間のこゝろにも届く自然の壯大な呼び聲でありました。
――本書 P355より引用
男女の間に起こることは後から考へるといつも唐突で、ぶつゝけ本番で、可笑しいくらゐの押し流されやうで、何度思ひ返しても慣れてしまふと云ふことがありません。
――本書 P369より引用
遠くから眺めたゐるだけのときは身體のなかに自分ひとりで自由に飼つてゐたものが、突然聲も匂ひも質量のある男性と云ふかたちになつて出現してみると、私と相手の間に立ち現れたこの時空の全部が、實はまつたく未經驗のことだつたのだと氣づかされます。
――本書 P370より引用

下巻

政治家になると云ふことと、政治家が議會で發言したり決議したりする結果としての政治の姿は、まつたく別の次元の事柄なのだと云ふことを、私はこの間に、わづかながら知つたやうな氣もします。
――本書 P42より引用
そのとき彰之は、生物が生きるのに必ずしも必要でない感情や言葉の、大部分を溶けださせた後に残る生命の明快さといったことを考え、そんなものこそ幻想だと言う理性もいま少しで蒸発しそうだと感じながら、少なくともいまよりは身軽で透明であるに違いない地平を当てもなく待ち望んだのだ。
――本書 P123より引用
最後に見た巌の手や肩や腰のかたちを一つまた一つ舐めるやうに思ひだし、幻想の爐で熔かし續ける私はもう頭が變になつてゐたのか、あの巌の赤々と艶やかな肌を食らふ夢を見るのです。
――本書より引用
しかし、さうして燃やしたはずの爐の火も、思へば一體誰の元へ届き、誰を熱したと云うのだろう。いまふとそんなことも思ひます。
――本書 P159より引用
そうだ、晩秋のある日、初江は八百屋で買った一山売の紅玉の皮をむき、果肉の中から一匹の蛾の幼虫が這いだすのを見つめていたことがあったのだった。初江はもう「私みたい」とは言わず、包丁の手を止めたまま食べるとも食べないとも言わず、彰之も代わりにむいてやろうとは言わず、皮を半分残したまま皿の上で紅玉一つは少しずつ変色し、傷んでいった。
――本書 P177より引用
戦争だろうが何だろうが、何十年も繰り返し繰り返し、こころのなかで戻ってゆくものがあるというのはいい。あんたはどうだ?俺には、それがない。これは家族も子供も関係ない、自分のこころの話だ。足立に会って分かったのは、そういうことだ。
――本書 P193より引用
おめは分がらねえと思うが、吾ァど兵隊は家族や御国のために鬼になったんでね。敵兵ば殺す奴は殺した。殺せねえ奴はどうしても殺せねがった。吾ァ、米兵も保田も殺したいから殺した。吾ァには初めから鬼が棲んでいだんじゃ。それだげど。それが悲しいど
――本書 P252より引用
百万の言葉を習っても人ひとりの骨の音は実際に聞かねば分からねぇ。それが言葉というものの正体だ。いくら積み重ねても言葉は言葉だ。戦前もそうだったし、戦後の安保も三池もそうだった。右にも左にも、あるのは過剰な言葉だけだ。戦前は戦地へ兵隊を送りだした言葉。戦後は労働者に米の代わりに配給された言葉、言葉、言葉だ。希望の言葉。社会正義の言葉。人間の言葉!ところが、いいか若ェの。言葉というのは過剰になると爆発するんだ。
――本書 P324より引用
かうしてやつて來る死の直観をくつがへすことを望まなかつた私は、結局薄情だつたのかしら。死にゆく本人より自分のこゝろを救ひたかつただけかしら。いづれだらうと構ひはしませんが、人が死ぬと云ふ行為とそれを見守ると云ふ行為は一對の大仕事です。
――本書 P361より引用
肝心の淳三が最後に見てゐた風景は何だつたのかと思ふと、それが米内澤のあの小さな菜園だつたと云ふ自信は私にはありません。淳三が見たのは子供のころに遊んだ野邊地川かも知れないし、學生時代を過ごした仙臺や東京か、あるいはどこでもない夢想の土地であつたかも知れない。そこで逢つてゐたのは私ではなくて、ほかのもつと懐かしい人であつたかも知れない。しかしそれでいゝのです。最後の山へ向かふ險しい道中、この私を含めた全部の人間から解放されて自由になり、ひとりで私たちの知らない土地や人間と出會ふ淳三の時間を、誰が非難できるだらう。
――本書 P363より引用

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