『新リア王』 高村薫 【読書感想・あらすじ】

2015/08/12

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あらすじ

保守王国の崩壊を予見した壮大な政治小説、3年の歳月をかけてここに誕生!
父と子。その間に立ちはだかる壁はかくも高く険しいものなのか――。近代日本の「終わりの始まり」が露見した永田町と、周回遅れで核がらみの地域振興に手を出した青森。政治一家・福澤王国の内部で起こった造反劇は、雪降りしきる最果ての庵で、父から息子へと静かに、しかし決然と語り出される。『晴子情歌』に続く大作長編小説。
――本書より引用

感想

※前作『晴子情歌』と本作『新リア王』の内容の多くに触れています。

前作である『晴子情歌』の続編として書かれた本作を、2ヶ月の時間をかけてゆっくりと読んだ。といってもなかなか読書の時間を割くことが出来なかったなどの理由もあるわけだが、前作を振り返り、本作で描かれる時代の時事的事実を調べつつといった理由もある。

前作、『晴子情歌』について

『晴子情歌』では、晴子という戦前戦後を生きた女性が、本作の主人公である息子「彰之」に書き送った100通もの手紙が全編のほとんどを成すといった作品であった。

晴子情歌 高村薫 (新潮文庫) | neputa note

晴子情歌 (高村薫)あらすじと感想あらすじ遥かな洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼の知らぬ、瑞々しい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で三百年続

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晴子は早くに両親を亡くし、津軽の地に300年もの間君臨し続けた大家「福澤」に奉公に出てから人生が一変する。太平洋戦争の最中、出征直前である福澤家の四男と急遽婚姻し、その後、旦那が出征中のあいだに福澤家直系である長男と関係を持ち、息子「彰之」が生まれる。この福澤家直系の男の名は「榮(さかえ)」という。

母から子への100通の手紙を通じて戦前戦後の日本を、日本人を描いた前作に続き、本作品の時代は1980年代後半、彰之と榮、血の繋がった父子の対話が全編を成す。この対話は禅問答のようでもあり、その話から浮かび上がるのは人間の業であり、焼け野原から復興を遂げ、なお先行き感に迷える日本の姿、日本人という民族性といったものであった。

そして本作の舞台、80年代の日本

80年の後半といえば、我々日本人が物質的な豊かさのピークを迎えた時期である。

この時代まで国政を担う政治家として生きた榮の話は、実際の政治に絶妙にリンクしており興味深い。登場する名前の数々(中曽根、竹下登、田中角栄など)や、彼らの発言の妙などから、政界に住まう狸やら妖怪やらの生態をよく表している。

一方、福澤の家を飛び出し、最高学府を卒業後に本家に反発するようにマグロ漁船に乗り、その後僧となった息子彰之の話は、仏教の話の数々やあまりにも人間らしい彼の魂に触れる物語であり惹きつけられてやまないものがある。

このシリーズの本流が見えてきた

前作『晴子情歌』と本作を通じ、著者は人間、とりわけ日本人という極東の島国で暮らす人々について深く探求し、明らかにせんと試みたように感じる。

対象は、党三役を担い国政を司る者も、官僚として国を動かすものも、原発で地元を潤わさんと駆けまわる役場の者も、日々自然と戦う漁師や農家も、全てひとくくりにした我々日本人についてである。

著者の試みは見事に成功を遂げており、読後に「ストンッ」と胸を心地よく打たれたようなこの感覚は、未だかつて体験したことのないたぐいのものであった。

そして次は久々の登場となる合田刑事が登場する『太陽を曳く馬』へと物語は続く。

太陽を曳く馬 高村薫 | neputa note

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著者について

1953(昭和28)年、大阪市生れ。'90(平成2)年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞を受賞。'93年『リヴィエラを撃て』で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。同年『マークスの山』で直木賞を受賞する。'98『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞を受賞。2006年『新リア王』で親鸞賞を受賞。'10年『太陽を曳く馬』で読売文学賞を受賞する。他の著作に『神の火』『照柿』『晴子情歌』『冷血』などがある。
――本書より引用