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【読書感想】 理由 宮部みゆき

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あらすじ

東京都荒川区の超高層マンションで起きた凄惨な殺人事件。殺されたのは「誰」で「誰」が殺人者だったのか。そもそも事件はなぜ起こったのか。事件の前には何があり、後には何が残ったのか。ノンフィクションの手法を使って心の闇を抉る宮部みゆきの最高傑作がついに文庫化。《解説・重松清》
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • バブル崩壊後の東京下町で起きた一家殺人事件を追いかける社会派ミステリー。直木賞受賞作品。
  • 一つの事件がいかに多くの関係者につながっているかを体感できるルポタージュ形式で描かれている。
  • 事件の根底には社会が生み出した病巣があることを示唆する話でもあり、同著者の作品『火車』を思い出す。

バブル後の東京下町を舞台に描いた作品

ずいぶん昔に読んだことがあるけれど全く内容を思い出せず、面白かったような微かな記憶だけがあった。古書店で偶然目に止まり、息抜きに再読したところ記憶に間違いはなかったようで、かなり面白かった。

1996年の都内荒川区の高層マンションで起きた一家四人殺人事件のルポタージュの体裁をとった物語である。

96年といえばバブル経済が崩壊した後の時代で、かつて夢の世界で浮かれていた人々は姿を消し、夢を夢のままとしていた庶民にようやくその残骸が手に届く時代だったのかもしれない。

事件が起きたのは「ヴァンダール千住北ニューシティ」というバブル時代に建てられた高層マンション。建設当時は億ションだった高級物件だが、事件が起こる96年では半分程度の価値に成り下がったバブルの残滓のようなもの。

作中、「不動産競売」「占有屋」「執行妨害」など、伏魔殿不動産業界で耳にする用語が登場する。

本作品は90年代半ばの日本社会における時代的背景を掘り下げる社会派ミステリとしての様相も帯びている。読んでいるあいだ、以前読んだ同著者の『火車』という作品もまた、社会問題を背景とした素晴らしい作品だったことを思い出した。

火車 宮部みゆき (新潮文庫) | neputa note

火車 (宮部みゆき) のあらすじと感想。 あらすじ 休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子

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磁石が砂鉄を集めるように、「事件」は多くの人びとを吸い寄せる。爆心地にいる被害者と加害者を除く、周囲の人びとすべて――それぞれの家族、友人知人、近隣の住人、学校や会社などの同僚、さらには目撃者、警察から聞き込みを受けた人びと、事件現場に出入りしていた集金人、新聞配達、出前持ち――数え上げれば、ひとつの事件にいかに大勢の人びとが関わっているか、今さらのように驚かされるほどだ。
――本書より引用

ルポタージュ形式の作品における構成は、ひとつの事件にいかに多くの人間が関わることになったかを知らしめる効果をより強いものにしている。

そしてそこには時代に翻弄された市井の人々の姿があった。


※ここからはネタバレを含みます。

おもな登場人物

  • ライター? …物語を語る神視点の存在
  • 片倉義文  …簡易旅館「片倉ハウス」経営者、42歳
  • 片倉幸恵  …片倉ハウス経理、義文の妻40歳
  • 片倉信子  …片倉家の長女、中1
  • 片倉春樹  …片倉家の長男 小6
  • 片倉たえ子 …片倉家の姑
  • 石田直澄  …46歳会社員、2025号室を競売で購入、事件の重要参考人
  • 石田直己  …石田家の長男、大学2年
  • 石田由香利 …石田家の長女、高2
  • 石田キヌ江 …直澄の母
  • 小糸信治  …事件以前の2025号室の住人、41歳機械メーカー勤務
  • 小糸静子  …信治の妻、40歳衣料品店勤務
  • 小糸孝弘  …小糸家長男、10歳
  • 小糸貴子  …信治の姉、53歳武蔵野市の塾講師、弟夫婦と仲が悪い
  • 宝井睦夫  …宝食堂の経営者
  • 宝井敏子  …宝食堂の経営者、睦夫の妻
  • 宝井綾子  …宝食堂の従業員、宝井家の長女、18歳、八代裕司との子「祐介」の母
  • 宝井康隆  …宝井家の長男、高1
  • 早川一起  …一起不動産社長、小糸信治と2025号室の占有による買い戻しを目論む
  • 石川幸司  …深川警察署高橋第二交番の巡査
  • 佐野利明  …ヴァンダール千住北ウエストタワー管理人
  • 井出康文  …パークハウジングマンション管理部長
  • 北畠一家  …2024号室の住人、2025号室の住人を目撃している
  • 葛西夫妻  …2023号室の住人、事件前後に部屋の前を通過している
  • 佐藤一家  …1225号室の住人、事件被害者の第一発見者
  • 砂川信夫  …2025号室の住人、45歳、事件被害者、早川の指示で占有を引き受ける
  • 秋吉勝子  …信夫の妻砂川里子として2025号室に住んでいた 事件被害者
  • 八代裕司  …信夫の息子砂川毅として2025号室に住んでいた 被害者かつ加害者
  • 三田ハツエ …信夫の母砂川トメとして2025号室に住んでいた 元は浜松市の老人ホーム入院者、事件被害者
  • 砂川里子  …本人、夫・信夫の蒸発以降、深谷市の飲食店勤務
  • 砂川毅   …本人、砂川家の長男、大宮市内の内装工事会社勤務
  • 砂川トメ  …本人、深谷市の特別養護老人ホームで暮らす

以上にまとめたのはあくまで主だった登場人物であり、この他にも証言する人物は多数登場する。そしてひとつの事件からたどるその関係者の多さに圧倒される。

事件の概要

  • 荒川区の高層マンション「ヴァンダール千住北ニューシティ・ウエストタワー」の2025号室の住人と思しき四人が遺体で発見された。
  • 中年の男女と老女の3名は室内で死んでおり、若い男性1名はベランダから転落しマンションの敷地内に横たわっていた。
  • 管理人室の名簿上、住人は小糸信治・静子夫妻と息子孝弘の3名であり、発見された遺体の年齢、家族構成とは異なる。
  • 調べを進めていくと小糸家のローン返済が滞り、2025号室は銀行の競売により石田直澄が買受人となっていたことが判明する。
  • 小糸信治は不動産会社経営者の早川一起を頼り、占有屋を使った執行妨害で2025号室を取り戻そうとする。
  • 寄せ集めの家族を演じる砂川家の長男・毅(八代裕司)はひとり逸脱し、明け渡しを求める石田直澄に取引を持ちかける。
  • 八代裕司の企みが周囲にバレて暴走、家族を演じる他3名を殺害し石田直澄を現場に呼び脅す。本人は現場に駆けつけた恋人と公論の末、ベランダから転落死。
  • 石田直澄が赤ん坊を連れた八代の恋人を庇い行方をくらませた。

原因は何か?何が問題なのか?

事件の発端は小糸信治が分不相応とも言うようなマンションを購入したことだろうか。

彼には「ある力」を信仰する考えが根深くあった。

特別扱いとか、奥の手とか、裏技とか、そんなふうなものですね。世の中には、どんな業界でも、会社でも組織でも、必ずそういうものがあるっていうんですよ。そしてその力を利用できる人間が、本当のAクラスなんだって
――本書より引用

妻の静子が夫の価値観を説明したものだが、今風に言えば「忖度される者」が最強と信治は信じていたのだろう。2025号室は、Aクラスを目指す彼にとって必要なステータスのひとつだったのかもしれない。

競売で2025号室を購入した石田直澄も、小糸信治ほど強い信念があった訳ではないが、家族に対し自分を認めさせたいという見栄があった。そして己の力が遠く及ばない不動産競売などという魑魅魍魎の類に手を出してしまった。

人間が起こすこのような行動はいつの時代にもあり、特に社会が大きくうねりを起こす間においてひときわ露見する。

物語で証言する人物は誰しもごく普通の人々であり、それぞれの価値観でそれぞれの暮らしのために生きている。そのうような集団が社会を形成し、時代のうねりを作り上げ、いつしかそれぞれがその大きなうねりに否応なしに巻き込まれていく。

こんな考えを巡らせていると、誰がとか、何がとか、そういう単位で事件は起こるわけではなく、この物語も大きな自然現象のひとつなのかもしれない、などとそんな身も蓋もない思いだけで、タイトルにもある「理由」には一向にたどり着く気配もなく。

ただただ複雑に絡み合う巨大な蜘蛛の巣が思い浮かぶ。

面白いけど慣れない宮部作品

「誰?」とは明らかにされることがない人物によるルポルタージュっぽい読み物だが、序盤は登場人物の会話で話が進んでいたり、神視点で主観を放り込んできたりと、人称視点が安定しない。

他の作品でも、登場人物でもない何者かがいきなり事実関係を整理し始め語りかけてくることがあり、「お前は誰だ!?」「みゆき本人が出てきちゃったのか!?」と困惑する。

私は頭の中で音声を流しながら読書をするので、視点が不安定な作品は結構苦手だったりするのだが、それでも読み進めたくなる面白い作品だった。

ひと時代のひとつの出来事とはいえ、そこに関係するすべての人や関係性を網羅しようとなれば、それは相当なスケールに達することは作品をみて明らかになる。それらを想像しひとつの物語にまとめ上げるその力量に圧倒された。


ドラマ作品について

2012年に寺尾聰、速水もこみち、吹石一恵などが出演するテレビドラマとして映像化されている。原作自体が脚本に近い整理された構成となっているので映像化しやすい作品だと思う。一度観てみたい。

宮部みゆき原作「理由」|ドラマ・時代劇|TBS CS[TBSチャンネル]

著者について

宮部みゆき (みやべ みゆき)
1960年東京生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール読物推理小説新人賞受賞。89年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞受賞。92年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞受賞。同年『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞受賞。93年『火車』で山本周五郎賞受賞。97年『蒲生邸事件』で日本SF大賞受賞。99年本書で直木三十五賞受賞。他には『模倣犯』『R.P.G.』『あかんべえ』などがある。
――本書より引用

Comments

2 件のコメント :

匿名 さんのコメント...

千住に住んでたことあるけど、隅田川を挟んで、足立区と荒川区に分かれてた。北千住は足立区、南千住が荒川区。フィクションなのでまぁいっか^^。

neputa さんのコメント...

同じ千住でも川で区が異なるのは知りませんでした。
確かに、「ヴァンダール千住北ニューシティ」の「千住北」というのが、荒川区南千住の北部、という意味合いだとしてもややこしい。土地勘がある方にとっては気になってしまうところですね。
コメントいただきありがとうございます。