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【読書感想】 東欧サッカークロニクル 長束恭行

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あらすじ

クロアチアからアイスランドまで、東欧を中心に16の国と地域を巡った渾身のルポルタージュ。最後の魔境、旧共産圏の知られざるサッカー世界を体当たり取材。
史上最凶のフーリガンと恐れられるBBBと往く遠征随行記など東欧を中心に10年以上にわたって取材を続けてきたジャーナリストが、旧共産圏に渦巻くサッカーの熱源を体当たり取材と迫真の写真で解き明かす、渾身のルポルタージュ。
戦争、民族問題で分断され、相容れない国家、民族、サポーターはなぜ、病的なまでにサッカーを愛し続けているのか?否、だからこそ彼らはサッカーにすべてを注ぎ続けるのか?
権力闘争に揺れるクロアチア、オシムが涙したボスニアのW杯初出場、“十字軍"ジョージアの躍進、ウクライナ政変直後の緊迫のダービー、キプロスに横たわる分断の影、ギリシャが挑む「債権者ダービー」など、知られざる世界を巡る壮大な見聞録がここに完成。

読書感想

読みどころ

  • 先のワールドカップで活躍したクロアチアを筆頭に、東欧を中心にヨーロッパ16カ国についてサッカーを通じて伝える貴重なルポタージュ。
  • 日本ではあまり報じられることの少ない東ヨーロッパ。実際に足を運び取材した著者が綴る文章からは、複雑な国情や、他と変わらないサッカー熱が伝わってくる。
  • 国境や民族や言語の壁を超えて、同じルールのもとひとつのボールでみんなが一体となれるサッカーは、あらためて素晴らしいと感じることができる一冊。

東欧クロアチア躍進に燃えたワールドカップ

ロシアワールドカップ2018が終わってしまった。熱狂的と言えるほどではないが、これまでゆるやかにサッカー観戦を楽しんできた私にとって、今回のワールドカップは最も充実したものとなった。

最も応援していたのが旧ユーゴ国の「クロアチア」だった。ヨーロッパ予選ではかなり危うく、本選でも果たしてどこまで行けるか心配ではあったがまさかの準優勝。予想を遥かに超える結果、延長続きの連戦にも臆することなく勇敢に戦った選手、チームを見事にまとめ上げた監督に大きな感動をもらった。

アルゼンチンにも注目していたが

余談だがもう1カ国、おそらく最後のワールドカップとなるであろう「リオネル・メッシ」を見届けようとアルゼンチンも注目していた。かなり知的な戦術を巧みに用いる監督がいながら、ほぼ組織として崩壊気味のアルゼンチンのサッカーは、ある意味大いに楽しめるものだった。

この国のサッカーは、何よりも母国のサッカーを愛するアルゼンチン国民たちが一斉に神(マラドーナ)に祈りを捧げると、機能不全のチーム事情を物ともしない謎のパワーがメッシを後押し美しいゴールが生まれるといった不思議なおもしろさがある。

しかし今大会では祈りが足りなかったのか、優勝国フランスに敗れてしまった。

東欧の選手を応援するサッカー観戦

わたしの日常におけるサッカーの楽しみ方としては、主にイングランド、スペイン、イタリア、ドイツといったヨーロッパの中でもとりわけ大きなリーグのなかで活躍する東欧の選手に注目し応援するといったものだ。

なぜこのような偏った楽しみ方をしているかと言うと、かつてわたしはサッカーの母国イングランドで暮らしいていたことがあり、そのころに最もお世話になったのがポーランドやチェコからやってきた東欧諸国の方々だったというのがその大きな理由である。

人生経験も少なく生活能力もないアジア人のわたしを、ポーランド人のコミュニティが暖かく迎え入れてくれた。そして、そこを紹介してくれたのはチェコからやってきた年が近い青年で、彼には一番お世話になった。

日本で生まれ育ったわたしは、おそらく多くの日本で暮らす人びとと同様に、いわゆる西側諸国と言われる国々や米国によってもたらされた価値観に大きく影響を受けていた。当たり前のように感じていたその価値感覚は、この広い世界における「多様な価値観の1つでしかない」と実感したのが彼らとの出会いだった。このときに感じたことは、20年近くたったいまでもわたしの中に深く刻まれている。

その後、日本に帰国し深夜に放送されるヨーロッパサッカー、欧州選手権、4年に一度のワールドカップでは、東欧の国、選手に自然と注目し応援するようになっていた。

クロアチアに注目するにいたる経緯としては、日本に滞在しサッカーのみにとどまらない知見を発信してくれた「イビチャ・オシム」をキッカケに興味を持った「旧ユーゴ諸国」だった。なかでもクロアチアはヨーロッパで活躍するタレントが数多く生まれることもあり、いつしか大ファンとなった。

そして西欧と南米の国だけが優勝してきたワールドカップではじめて、東欧の小国クロアチアが優勝に王手をかけたことにこの上なく興奮した。

東欧サッカーガイドとも言うべき一冊

ここまで私的な話を延々と申し訳ない。ついつい熱くなってしまった。


本書について。

銀行勤めのサラリーマンだった著書は、はじめて外国でのサッカー観戦となるクロアチアでの体験により、人生を180度、方向転換する。
勤め先を退職し、クロアチアの首都ザグレブに移住。以降、東欧中心に各国のサッカーリーグを取材したという。

世界的知名度を誇り大きな盛り上がりを見せる西欧ではなく、東欧サッカーに取り憑かれたというのは大いに共感するところがある。しかしながら、著者のこの行動力には驚かされるばかりだ。

本書には著者が巡った以下16カ国のルポが綴られており、いずれも興味深いものばかり。

  • クロアチア
  • モルドバ
  • セルビア
  • ラトビア
  • ジョージア
  • ボスニア
  • リトアニア
  • スロベニア
  • ウクライナ
  • ポーランド
  • コソボ
  • エストニア
  • アイスランド
  • フィンランド
  • ギリシャ
  • キプロス

日本で暮らしていて、一般ニュース、スポーツニュースいずれにおいても東欧諸国の情報はなかなか流れてこない。

各章を読むごとに、これまで馴染みの薄かったヨーロッパ地図の空白エリアが埋まっていくような感触を得ることができる。そして、陸続きのひとつの大陸のなかに、いかに数多くの民族、言語が分布しているのかを実感する。

とくに印象深かった章

クロアチア

冒頭からのクロアチアについては得にページが割いてあり読み応えがある。日本サッカー協会の謎説明による監督更迭など可愛いもので、クロアチアサッカー協会では選手の移籍金に手を付けるやつがいたりなど、やりたい放題の様相を呈している。

先日Netflixで見た「The Newspaper」というクロアチアのテレビドラマでは、最近の作品であるにもかかわらず、政治家と建設会社による汚職といった、日本でも行動成長期からバブル崩壊にかけて起こったひと昔前の政情が描かれていた。

新たな価値観を取り入れながら変革を続ける若き国家の実情がサッカーにも大きな影響を与えていることがわかる。

ボスニア・ヘルツェゴビナ

元日本代表監督イビチャ・オシムや前日本代表監督ヴァヒド・ハリルホジッチの出身国の物語も得に印象深いものがあった。
紛争などの苦しい時代を乗り越え、あと一歩届かなかった南アフリカワールドカップ予選を経てついに夢を叶えたブラジルワールドカップ出場のくだりは思わず涙した。

ワールドカップ出場への道のりは、日本が経験したドーハの悲劇にも似たドラマを感じるが、国情を踏まえるとオシムが流した涙はより深いものに思えたりもする。

ラトビア

北欧の小説であまりよい印象で描かれることのないバルト三国、これがわたしが知るこの地域に対する知識だ。

バルト三国についてはあまりに知らないことばかりだったが、ラトビアについては得に無知であったことを気付かされた。

そんなラトビアのサッカーリーグだが、2012年には10人もの日本人選手が在籍していたそうだ。また以降も欧州挑戦の登竜門としてラトビアリーグで日本人選手が活躍を続けているという。

遠い地で活躍する日本人のことを教えてくれる点も本書の貴重価値だ。

ポーランド

先にも述べたが個人的にお世話になった方々の国ポーランド。
だが、この国の特殊なサッカー事情はまったくもって知らないことばかりだった。リーグ内の異なるチームのサポーター同士が協定を結び、応援するといったなんとも独特な応援文化があるという。

今回のワールドカップでは結果が出ず残念だったが、世界トップクラスの素晴らしい選手がいることもあり、次回のEUROではリベンジを果たしてくれることを期待している。

まったくの余談だが、ポーランドの人びとは映画やドラマ視聴において字幕よりも圧倒的に吹き替えを好むという今回とはまったく無関係の情報を記しておく。

まとめ

とっ散らかった感じになってしまったが、日本にいてあまり知る機会が少ない東欧諸国の情報をサッカーを通じて紹介する本書は、サッカーのみに留まらない広い知見を与えてくれる貴重な一冊だとあらためて思う。

著者が実際に足を運びまとめ上げた文章には、各地域に生きる人びとの熱い思いとともに、著者の情熱が感じられる。

今回のワールドカップにおける活躍などでクロアチアに興味を持った人が最初に手に取る一冊としても相応しく、またサッカーを抜きに東欧における貴重な生の情報に触れる機会にもなるのではと思う。

訪れてみたい国が増えたし、触れてみたい文化がさらに広がる作品だった。


著者について

長束恭行 ながつか・やすゆき
1973年、名古屋生まれ。同志社大学経済学部卒業。銀行に勤めていた1997年、海外サッカー初観戦となるディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて帰国後に退職。その後はクロアチアと周辺国の観戦旅行を繰り返して2001年、ザグレブに移住。大学でクロアチア語を会得し、旧ユーゴ諸国のサッカーを10年間にわたって取材した。2011年から4年間は拠点をリトアニアに移して取材範囲を拡大。訳書に「日本人よ!」(著者:イビチャ・オシム、新潮社)著作に「旅の指さし会話帳 クロアチア」(情報センター出版局)共著に「ハリルホジッチ思考」(東邦出版)がある。
――本書より引用

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