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40代に入ってから毎年医者にかかるようになるヤツ【日記】

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Photo by:Volodymyr Hryshchenko on Unsplash

若い私は昔も今も愚か者

かつて私は「風邪をひくのはやることがない暇な証拠だ」という「トンでもクソ理論」を持論とする「トンでもクソ野郎」だった。

30代になってから、さすがにそのクソ理論を公言することの酷さに気づき、公言することはなくなった。年とともに性格が丸くなったこともあったと思う。

ただ運が良かっただけだったと思うが風邪を引くこともなく(引いても気づいていなかった可能性はある)、虫歯になることもなく過ごすことができていた。

だが40代に突入してから毎年のように何かしらの病を患うことになる。

「風邪を引くのはやることがない暇な証拠」

当時の自分に思いっきりかかと落としを喰らわせ、50時間ぐらい説教してやりたい。

かかった病は「頸部リンパ節腫脹」、「帯状疱疹」、その他原因不明の高熱だ。

昨年は幸い何の病にもかかることなかったが、コロナにおびえて過ごした。

いずれも年末の年の瀬も迫るころに発症しており、今年も何事もなくと願っている。

頸部リンパ節腫脹

これは、首の筋が膨れ上がり、40度以上の高熱が出て辛いといった症状で、実は幼稚園の頃に発症し入院していたことがあった。

とにかく解熱剤と抗生物質を投与しまくってもらい数日後に生還できた。

帯状疱疹

こいつはやっかいだった。

確か4年ほど前のことだ。

当時私は入籍前の現在の妻と共に銀座にいた。

なぜ銀座にいたか理由は覚えていない。

人は金がなくても銀座にいることがあるし、銀座も金がない人間を受け入れてくれるスペースぐらいはあるのだ。

我々が喫茶店で珈琲を飲んでいた時のことだった。

突如、背中の肩甲骨のあたりが猛烈に痛み出した。

しばらく座席の背もたれに背中を強く押し付けるなどして抵抗していたが、とうとう耐え切れず私は妻に言った。

「背中が痛いから帰りたい」

我々は東京の西のはずれに住んでいる。

久々に都心まで足を運び、優雅にカフェータイムを楽しんでいる場に最も相応しくないセリフのひとつであったのだろう。

妻は「?」という顔をし、私のセリフをスルーした。

痛みに耐えきれなくなった私はもう一度「背中が痛い。だからどうしても家に帰りたい」と、今度は懇願気味に言った。

自宅に戻り一晩やり過ごしたが一向に痛みが治まらなかったので病院に行った。

銀座から飛んで帰ってくるほど痛かったのだからすぐに病院に行けばよかったのだが、かつて頑強な体を自負していた私は余計なところで粘り強さを発揮したのだ。

ドクター曰く、「帯状疱疹」であるとのこと。

肩甲骨が痛いと思っていたが、厳密には肋骨に沿って疱疹がいくつも出ており、その付近が痛んでいるのだ。

「帯状疱疹」を発症する原因は興味深いものだった。

子供のころに「水疱瘡(みずぼうそう)」にかかったことがある場合、これは完全に完治するわけではなくウイルスが神経の周りに潜伏するらしい。

そして、大人になってから、何がキッカケかはよくわからんが、突然発症する。

そうすると発疹ができ、人によっては神経を直接攻撃されたような激痛にやられる。

うろ覚えで申し訳ないが、素人の私が記憶するドクターの説明だ。

そうか、私は水疱瘡にかかったことがあったのか、と思い後日両親に聞いてみた。

「覚えてない」

まあそんなもんだろう。

辻褄が合わないとメンタル的に良くないので、私はかつて子供のころに水疱瘡にかかった過去を持つこととして生きることに決めた。

ちなみに「帯状疱疹」が完治するまでに何だかんだで2か月ぐらいかかった。

終わりに

若い時調子こいても年取ると色々あるし気をつけようねとか、個々の病を広く書いてみようと思ったのだが、なぜか「帯状疱疹」のところで記憶が鮮明になりどうでもよい文章となってしまった。

新型コロナウイルスもあることだし、病は突然だけど、気を付ける人は気を付けるけど、そうじゃない人は気を付けないだろうから、私から言うことは特に無いという落ちのない話ですまない。

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