『昨日』 アゴタ・クリストフ 【読書感想・あらすじ】

2023/03/18

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あらすじ

村の娼婦だった母の子として生まれたトビアス。ある事件を契機に名前を変え、戦争孤児を装って国境を越えた彼は、異邦にて工場労働者となる。灰色の作業着を身に着け、来る日も来る日も単調な作業に明け暮れるトビアスのみじめな人生に残された最後の希望は、彼の夢想の中にだけ存在する女リーヌと出会うこと……。傑作『悪童日記』三部作の著者が、みずからの亡命体験をもとに幻想と不条理を交えて綴る不可能な愛の物語。
――本書より引用

読書感想

著者「アゴタ・クリストフ」のデビュー作『悪童日記』から始まる三部作の後、1995年に発表された作品。

三部作は以前こちらに感想を書いた。

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アゴタ・クリストフ作品には彼女の人生が色濃く反映されている。

よってまずはある程度の背景を把握してから読むことをおすすめしたい。

または彼女の自伝である『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』を読んでみるのもよいかもしれない。

アゴタ・クリストフの背景

1935年ハンガリーに生まれた彼女は21歳の「ハンガリー動乱」から逃れるため夫、娘と共にオーストリアを経由しスイスへと移住した。

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この移住は国家間の争いに翻弄された結果であり、本人が望んだものでは無かったことは想像に難くない。

そして言語が異なる国へ移住することは母語との別れを意味する。

スイスのフランス語圏で暮らすことになった彼女は、必然的にフランス語話者となることを要求される。生きていくために。


海外で暮らしたい、だから英語を学びたい、といった前向きな話しではないのだ。この人生の転機は「喪失」を意味するのだろう。

自伝で彼女は「フランス語は私の母語を殺し続けている」と語っている。

だが皮肉にも、母語を殺すフランス語によって彼女は名作を生み出すのだ。


残念ながら、わたしはフランス語がわからない。実際の原書のニュアンスまでは理解することはできない。だが翻訳書である本作品の文体に大きな特徴を感じる。

どこかぎこちなく、ぶつ切り気味の文体は非常に個性的であり、作品を輝かせる要因のひとつである。

だが、彼女がほんとうに書きたかった文章は、動乱により失ってしまった母国語であるハンガリー語によるものだったのだろう。

この意図しない状況は、文体はもちろん作品内容にも大きく影響を及ぼしている。

『昨日』の感想

わたしにとって本作は「悲恋の物語」だ。

悲恋といっても、そのひとつひとつは多様であり、本作におけるそれは非常に特徴的である。

特徴づけるものの一つとして、「アイデンティティ」は欠かせない要素であろう。


主人公である「トビアス」の少年時代から物語は始まる。

彼の少年期はこの世の不幸を凝縮し固めたようなものだ。

トビアスと二人暮らしの母親は村で娼婦として生活の糧を得る。

狭いコミュニティ、この境遇。多感な時期にこの条件である。たいそう肩身の狭い思いをしたことだろう。


そして実の父はトビアスが通う学校の校長。権威と不貞、端的に言って「クソ野郎」。

輪をかけて悲惨なのは校長の娘が同じクラスメイトであること、そして彼の境遇に同情していることだ。

このような状況下では正気でいることの方がむしろ狂気である。

トビアスの少年期は壮絶な事件により突然の終焉を迎える。

隣国に逃れ、半ば強制的に自立した人生を始めざるを得なくなった流れは著者の人生とそのまま重なる。


夢遊病者の浮遊感と直視しがたい現実に対する激しい葛藤をない交ぜにしたようなトビアスの日常描写はアゴタ・クリストフの大きな才能を感じるところである。

現実の生々しさと寓話のような夢世界がひとつになったと言うか、表現がむずかしい。


登場する人物はみな個々が抱えるゆがみの部分が特徴的に描写される。

ピカソの抽象画のように鼻だけが大きかったり、左右の手の大きさが極端に異なる人びとがいる世界。

この不可思議な感覚をもたらす文章はある種の快感である。

と同時に、物語の生々しい現実感を抽象化する必然性が著者の壮絶な人生にあることを思う。

外国に逃れ、名を変え、外国語で生きるトビアスが繰り返す祖国に帰るか否かの問いは著者自身のアイデンティティへの葛藤に重なる。


人生が破壊され大きな喪失によって本作のような珠玉の芸術作品が生み出されたことの複雑な因果を前に、わたしはただ茫然と感情を処理しきれずにいる。

ただ、アゴタ・クリストフという偉大な作家が生きた証として残した作品が多くの人の手に届くことを願ってやまない。

余談・本書を読むキッカケ

個人的な備忘録を。


三部作を読み終えてから9年もの時をおいて本作を手にとるには明確なキッカケがあった。

2年前に亡くなった、わたしの妹の遺品のひとつだからだ。

長きにわたり互いの詳細など知らずに生きてきたが、偶然にもアゴタ・クリストフの作品を読んでいた。

明確な理由は見つけることはできなかったが、わたしはそれを持ち帰り保管した。

気もちの整理がつかぬままいたが、2度目の命日を前に読むことにした。

いつか読むかもしれない、と思っていた三部作以外のアゴタ作品を、このような形で読むことになるとは。

読んでいるあいだ、これを手に読んでいたであろう妹は何を思ったのか。

ぜひ聞いてみたいと強く強く思った。

著者・訳者について

アゴタ・クリストフ
アゴタ・クリストフは1935年ハンガリー生まれ。1956年のハンガリー動乱の折りに西側に亡命して以来、スイスのヌーシャテル市在住。1986年にパリのスイユ社から世に送り出したフランス語の処女小説『悪童日記』によって一躍脚光を浴び、その後、続篇の『ふたりの証拠』(88)、『第三の嘘』(91)を発表して三部作を完成させ、力量ある第一級の作家としての地位を確立した。これらの作品は世界20カ国以上で翻訳され、数多くの熱心な読者を獲得した。日本では1991年に『悪童日記』が翻訳出版されると、読書界に衝撃と感動の渦が巻き起こり、多くの文学者・作家・評論家から絶賛の声が寄せられた。著者が来日した1995年に発表された本書も大きな反響を呼び『怪物』『伝染病』の戯曲集も相次いで刊行された。2006年には自伝『文盲』が翻訳され、話題となった。
――本書より引用
堀 茂樹
1952年生、フランス文学者、翻訳家
訳書 『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』クリストフ
『シンプルな情熱』エルノー
(以上早川書房刊)他多数
――本書より引用