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【YouTube】東京大学公開講座 小林武彦 教授 「人間の在り方、生き方」 感想

初稿:

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はじめに

東京大学公開講座で小林武彦教授の話を聞き、あらためて「人はなぜ死ぬのか」「老いにはどんな意味があるのか」を考えさせられた。ここでは視聴メモをもとに、印象に残った内容を整理してまとめる。

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死を考えるきっかけ

講義の導入で語られたのは、息子さんが小学生のころに毎年カブトムシの死を悲しみ、「なぜカブトムシは死ぬの?」と問いかけたエピソードだった。

この問いに対して示されたのは、生物には「死なせるための遺伝子」があり、その働きによって個体が死へ向かうという考え方だ。

逆にいえば、その仕組みが壊れるほど長生きする可能性がある。

ここから「死には進化上の利点があるのではないか」という発想が生まれたとのこと。

生物の死に方は一つではない

すべての生物はいずれ死ぬが、死に方は多様であることが例示された。

  • プログラムされたように一定時期で死ぬ(カブトムシ、セミ、カゲロウなど)
  • 捕食されて死ぬ(ネズミ、魚など)
  • けがや衰えで餌を取れなくなり死ぬ(ホッキョクグマなど)

死に方は多様だが、共通するのは死ぬことが生物の「しくみ」の一部であるという点だ。

死が不要であれば、体の凝固や捕食を回避した種が生存していてもおかしくないはず。

進化によって精緻なしくみを獲得してきたはずの生物が、それでも壊れ、死ぬようにできているのはなぜなのか。

この疑問が講義全体を貫くテーマだった。

生命の起源から見る「死」の意味

生命の起源は約38億年前、熱水噴出孔周辺で起きた化学反応によってRNAやアミノ酸などの有機物が生まれたことにさかのぼる。

RNAは自己複製能力を持ち、より複製しやすく壊れにくいものが残る一方、そうでないものは分解されて材料に戻る。

この「壊れる」「分解される」という現象こそ、原初的な死のかたちだという見方が提示されていた。

DNA損傷と寿命の関係

講義では、DNAの壊れやすさと寿命の関係も示された。

たとえばウェルナー症候群では、ゲノム修復に関わる遺伝子機能の低下が早老や寿命短縮につながる。

つまり、DNAの損傷をどれだけ修復できるかが、生存期間に強く関わる。

哺乳類全体を見ても、DNAが壊れにくい生物ほど寿命が長いという相関があるという。

「死」は進化を進めるための条件

講義で特に印象的だったのは、「死があるものだけが進化できる」という視点だった。個体が入れ替わるからこそ、変化と選択が積み重なり、種として適応が進む。

この意味で死は、個体にとっては終わりであっても、種にとっては次世代へ可能性を渡す営みであり、進化における利他的な仕組みだと捉えられる。

死は最大の利他的な貢献であるとスライドの中でも示されていた。

人間の寿命と老い

人間は平均寿命こそ伸び続けているが、最大寿命は大きくは伸びていない。

1990年代以降、超高齢域(おおむね115〜125歳)の生存率は大きく改善していないとされ、歴代最長寿として知られるのは122歳まで生きたフランス人女性である。

ここから見えてくるのは、「医療や生活環境の改善で平均寿命は延ばせても、生物学的限界そのものは簡単には動かない」という現実だ。

老後はヒトの進化が生んだ特徴か

閉経後も長く生きる野生動物は非常に少なく、調査上よく挙げられるのはバンドウクジラやシャチなどに限られる。

ヒトに近いサルやゴリラでも、ヒトのような長い老後は一般的ではない。

その背景として紹介されたのが「おばあちゃん仮説」だ。

体毛を失い、育児の負担が大きくなったヒトは、集団で子どもを育てる必要が高まった。

そこで年長者が育児や知識伝達を担える集団ほど生存と繁栄に有利になり、その性質が進化的に残った可能性がある。

まとめ

以前から、宗教や哲学ではない、もっと生物化学的な視点による死の意味を知りたいという欲求がある。

10年前に読んだ、サイエンスライター柳澤桂子さんの著書『われわれはなぜ死ぬのか』も、そうした視点を提供してくれた一冊だった。

今回の講演は、さらに最新の研究成果も踏まえた内容で、死を生物学的な現象として捉え直すきっかけになった。

また、死を単なる終わりとしてではなく、進化や社会性の中で意味づけ直す視点を与えてくれた。

  • 死は生物の欠陥ではなく、進化を進める前提条件でもある
  • 老いはDNA損傷の蓄積と修復能力の限界に深く関わる
  • ヒトの老後には、集団育児や知識継承を支える進化的意義がある

死を恐れる対象としてだけでなく、「次へつなぐ仕組み」として捉えると、生き方そのものの見え方も少し変わるように感じた。

進化についても新たな視点が得られた。

死と進化が密接に結びついていることを知ると、いろいろと考え方が変わる予感がする。

近年、人類が死を遠ざけ、猛烈な勢いで科学を進歩させているのは、科学にヒトの生物学的進化をアウトソースしているようにも思えてきた。

だが死の克服は、これまで無数の死の上に築かれた進化の恩恵を受けておきながら、次代の子孫が受け取れるはずの進化を阻む行為にも感じられる。

刺激が多く、視聴後も思考が止まらない。

このような貴重な講義を無料で視聴できるのは、東京大学公開講座の素晴らしい取り組みだと思う。

東京大学と小林教授に心より感謝したい。

YouTube動画

「死」の起源を遡ると生物が誕生する前の段階まで行き着きます。矛盾するように聞こえますが、「死」は生物の「誕生」から関わっていたようです。一方「死」の前に訪れる「老い」については、「死」に比べるとかなり最近に現れた、しかもヒト特有のもののようです。 本講座では「老い」と「死」の意味について生物学的な視点から考えてみます。
講師:小林 武彦 (東京大学定量生命科学研究所 教授)
※所属・役職は講演当時のものです。 — 概要欄より引用

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