なぜ病気は存在するのか? を考える
初稿:

なぜ病気は存在するのか? を考える
先日、私は遺伝性疾患による視覚障害があると診断された。
これまで病気をあまり自分ごととして考える機会は少なかったが、当事者になると問いは一気に切実になる。
「なぜ病気は存在するのか?」
特に気になるのは、遺伝性疾患が長い時間をかけて一定数受け継がれてきた理由である。
厚生労働省の「網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班」が全国の主要な医療機関に対して行った調査によると、2020年の時点では4423名の方が黄斑ジストロフィーの診断を受けていました。 — 難病情報センター より引用
起点は誰か一人の突然変異だったとしても、なぜ完全には消えずに残ってきたのか。この問いを軸に、まずは情報を集めることにした。
まずAIに問いを投げる
とっかかりとして、Geminiに相談してみることにした。
質問分は以下のとおり。
私は遺伝性の視覚障害者です。
視覚障害、糖尿病、ガンなど、一般に知られる病気は、現代において医療科学的に治療して克服するものとして扱われることが多いと思います。
一方で、これらの病気につながる遺伝子や機能を持つ子孫が今日まで続いてきたのは、何かしらそれらの症状が優位に働いた時代があった可能性もあると考えています。
私のような視覚障害の場合、この症状あるいは機能が優位に働く時代、シチュエーションがかつてあったと思われますか? そのような研究は過去ありますでしょうか?
無い場合は、あなたの考えを聞かせてください。 — Geminiへの質問内容
返答の中心にあったのは「進化医学」という視点だった。
進化医学というレンズ
進化医学は、病気の原因を「いま起きている仕組み」だけでなく、「なぜその仕組みが淘汰されず残ったのか」まで含めて考える。
従来の医学では、おもに病気の至近要因を扱ってきた。これは例えば、動脈硬化の原因としてのコレステロールの蓄積やその原因遺伝子の存在である。至近要因は“What(なにが病気を起こすのか)”と“How(どのように病気になるのか)”に答えるものである。一方進化医学では、究極要因(進化的要因)まで拡張して扱う。これは、我々はなぜコレステロールを含む食事を好むのか、また、原因遺伝子はなぜ自然選択によって取り除かれなかったのかを考える。こちらは“Why(なぜ病気になるのか)”に対する答えである。 — 進化医学 - Wikipediaより引用
私の問いそのものに対応した枠組みだと感じた。
参考文献として、次の書籍もメモしておく。
がん,肥満,糖尿病,高血圧,うつ病…人はなぜ病気になるのか?進化に刻まれた分子記憶から病気のメカニズムに迫る「進化医学」.診断,治療法の確立にも欠かせない,病気の新しい考え方をわかりやすく解説! — 進化医学 人への進化が生んだ疾患 - 羊土社 より引用
視覚障害は過去に「不利だけ」だったのか
ここからは、私の問いに近い論点を3つに分けて整理する。
1. 色覚多様性と迷彩検出
現代では「色覚異常」と呼ばれる特性が、状況によっては有利に働く可能性がある。
Wikipediaの「色覚異常」の「研究」の項目 に興味深い記述があった。以下要約を記す。
- ミクロネシア連邦のピンゲラップ島は1色覚者(錐体を持たない)が多数を占め、1色覚者は暗い場所で微妙な明かりを見分けやすいという報告がある。
- ヒトを含む旧世界の霊長類の祖先で誕生した3色型色覚は、植物の緑色の葉と熟して葉とは別な色に変色した果実を見分けて発見する際に有利だった。
その他、個人ブログで気になる記事があった。
私は赤緑色弱で特に赤緑が見分けづらく、紺と黒、ピンクと白も間違えますが、なぜか昔から人より得意なことがありました。
それは2つ
隠れている昆虫や生き物を誰よりも早く見つけられる特技
と
夜目が効くこと。夜間でも良く周りが見えていました。 — 色覚異常(色弱)の私が得意だった2つの特殊能力と進化の過程 - 色覚異常(赤緑色弱)で生まれて50年より引用
軍隊では、色覚異常者はしばしば戦場で標的や物体を発見する任務を与えられる。これは、正常な色覚の人に比べて、灰色の濃淡を見る能力が優れているからである。
色覚異常の兵士は、カモフラージュされたターゲットや、通常の色覚の人には認識しにくい地上の障害物を発見する必要がある戦闘状況で有利になる。 — 欠点を優位に変える:戦闘における色覚異常の戦略 - Covisn より引用
このことは、色覚が「正常か異常か」の二択ではなく、環境との相性で機能価値が変わることを示している。
2. 視覚制限と脳の可塑性
視覚情報が弱い場合、聴覚や触覚の処理が強化されるという研究がある。
次は東海大学国立機構生理学研究所のレポートからの引用。
目が見えなくなった人では視覚野は機能しなくなってしまうのか、というとそうではありません。視覚情報を失った視覚野は、代わりに他の種類の感覚情報、つまり聴覚や体性感覚情報を処理するようになり、その結果、聴覚や触覚が鋭敏になる、という「異種感覚間可塑性」と呼ばれる現象が生じます — 「目が見えなくなると触覚が鋭敏になる」メカニズムを解明 より引用
この知見からは、視覚障害を単なる欠損としてではなく、感覚配分の再編成として見る視点が得られる。
3. 社会的役割としての実例
日本史には、視覚障害者が制度的な役割と地位を持っていた例がある。
当道座(とうどうざ)は、中世から近世にかけて日本に存在した男性盲人の自治的職能互助組織。 — 当道座 - Wikipediaより引用
当道座の存在は、視覚障害が社会の中で「機能しうる特性」として位置づけられた時代があったことを示唆する。
他の病気にも見える同じ構図
進化医学では、視覚障害以外でも「過去の適応が現在の病になる」例が語られる。
- 糖尿病(節約遺伝子説) 飢餓環境では有利だった代謝特性が、飽食環境では病として現れる。
- 鎌状赤血球症 遺伝子保有がマラリア耐性に寄与し、流行地域で維持されてきた。
どちらも、病気の背景に「環境依存のトレードオフ」があることを示す典型例だ。
まとめ
自分が抱える病気に端を発し、なぜ病気は存在するのか?の問いを持つに至った。
以前読んだ『異常とは何か』という本が私の思考の土台にある。
病気は、個人の内部だけで完結する異常ではなく、環境・時代・社会との関係で意味が変わる特性でもある。
現代社会は、効率や生産性に適合しにくい特性を病として扱いやすい。しかし生物学的には、同質化はむしろ脆弱性を高める。
生物学的に見て、最もリスクが高いのは「全員が同じ機能を持っていること」だ。
人類が生き延びてきた理由は、多様な特性を持つ個体が共存し、相互補完してきたからだと考える方が自然だ。
新たな発見やイノベーションは外れ値から生まれることが多い。
私自身、当事者としてこの問いをこれからも追っていきたい。病気を「克服の対象」だけでなく、「人間の多様性を読み解く鍵」として捉え直すために。